ハッピー・サマー・ウェディング-2
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「ミスカ?どうしましたか?」
物思いにふけってしまったミスカを、エリアスは怪訝な顔で見上げた。
享楽と好奇心が服を着て三つ編みしているようなミスカは、面白そうなものを見つけると、すぐ飛んで行ってしまう。
特に、地上では知識で知っていても初めて見るものがまだまだ多く、あちこちの街で珍しい風習を見るたび、子どものように大はしゃぎだ。
まぁ、そんなミスカを見ているのが、エリアスも実は楽しくてたまらないのだが。
しかし広場から去って行く新婚の馬車を眺め、ミスカは何か考え込んでしまったようだ。
「……エリアス、宿をさっさと見つけるぞ」
「え?」
突然手を引かれ、宿の看板が多数出ている賑やかな通りへと駆け出される。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ほとんど引き摺られながら、適当な宿に飛び込んだ。
狭いが清潔でなかなか気持ちのいい部屋を借り、扉を閉めたミスカが、エリアスから荷物をとりあげ床に置いた。
「い、いったい……ハァ……なんですか?」
走らされまくったおかげで、息も切れ切れにエリアスは訴える。
一方でミスカは呼吸一つ乱さず、ニヤニヤ笑っていた。
「エリアス、女体になってくれよ」
「……はい?」
「いいから早く」
いきなり走りまわらされたのは、したくなったせいかと、エリアスは少しムッとした。文句の一つもいいたい所だ。
しかし抱き締められ、耳元でもう一度ねだられると、しぶしぶ女体へ戻る呪文を唱えてしまう。
――うぅ……こうやって甘やかすのが良くないのです。と思のも、毎回のことだ。
ところが、早速押し倒されると思っていたのに、エリアスを抱き締めたまま、ミスカは金の魔眼を光らせる。
「しっかり掴まってろよ!」
「え!?ちょっ!どこに行く気……わぁぁ!!!!!」
ふわっと浮遊感が身体を包み……次の瞬間、足元の地面消えた。
ミスカにしっかり抱きかかえられたまま、まっ逆さまに空中を落下し、エリアスの喉から悲鳴があがる。
アレシュの側近時代、身体が溶けて別の空間に転移される魔眼移動は慣れていたが、少なくとも出た先が空中だった事はなかった。
眩しい陽光に眼が眩み、ここがどこかもわからないまま、盛大にドボンと水中へ叩き込まれた。
深い透明な水中へブクブク沈んでいた身体が、下から勝手に持ち上げられる。
ミスカに操られた水が、底に付く寸前で二人をゼリーのように受け止めたからだ。
そのままぷよぷよした水面に持ち上げられ、大きく息を吐き出す。
「ぶはぁっ!?」
「ははっ!!!気っ持ち良いーーー!!」
びしょ濡れになったミスカが、大笑いする。
二人がいるのは、大きな滝つぼの水面だった。エリアスの目の前で、はるか高い崖上から流れ落ちる滝水が、陽光にきらめき虹を作り出している。
緑陰が立ちこめる周囲に人気はなく、木々の奥からは小鳥のさえずりが聞える。
とてものどかで美しい風景だ。どこかで見覚えがあると思ったら、以前に立ち寄った事のある、辺境の山奥だった。
この滝をミスカは非常に気に入っていたし、エリアスも美しいと思った。
しかし……と、ミスカをギロリと睨んだ。
「いくら水遊びをしたかったといえ、やりすぎです!」
「いや、暑かったのもあるけどさぁ」
笑いながら、ミスカがびしょ濡れになったエリアスの服に手をかけた。
「エリアス、結婚式しようぜ」
「……?」
一瞬、暑さでミスカの脳がやられたのかと、本気で心配になった。