Betula grossa〜出逢い〜-22
朝、村人達が目覚めると、辺りはうっすらと雪が積もっていた。村人達は各々がお純への捧げ物を手に湖へと向かった。湖に着くと朝陽に照らされてキラキラ輝いていた。祭壇の周りは足跡一つない白銀の世界だった。
「お純さんがいない!」
村人の一人が祭壇を指差して叫んだ。祭壇の上にはお純の姿はなかった。村人達は放心状態で祭壇を見つめていた。
「お純姉ちゃんなら、あそこにいるよ!」
庄屋さんの孫娘が空を指差した。空を見上げると、そこには龍が浮かんでいた。その龍の頭の上にお純が立っていた。お純が村人達に微笑むと、龍は村人達の上を旋回して天空高くへ昇って行った。
「お純は龍神様がわしらを守るために遣わしてくれたんじゃ....その使命を果たして帰っていかれる....純姫(すみひめ)様は龍の国へ帰っていかれるんじゃ....」
村人達は純姫様と龍の姿が見えなくなっても空を見つめていた。
その後、村人達は純姫様への感謝の気持ちを表すために、毎年大晦日の夜に湖の祭壇で舞を踊った。もちろんそれは拙い舞であったが村人達は精一杯の感謝の表れであった。
「で....村人達は湖の近くに純姫様を祀る神社を建てたんだ....もちろん貧しい村なので長い年月がかかったけど....それがウチの神社で..今年が三百年になるんだ!」
香澄さんの話しを聞いていて
「それなら尚更俺なんかに頼むより香澄さん達がやったほうが....」
「ん?少年は話しを聞いてなかったのか?純姫様は女性と見間違う男で、しかも美人!少年にピッタリじゃないか!」
「香澄さんだって男性と見間違う....」
「ん?何か言ったか?」
香澄さんに睨まれたので
「いえ...別に....」
俺は慌てて否定した。
「それに純姫様の"すみ"って純粋の"じゅん"って書くんだ....少年の名前と同じ漢字なんだ!これも何かの縁だろ!」
「けど....」
香澄さんの思いはわかるが....本当に俺でいいのか....しかも時間があまりにも短い....
「確か少年には"貸し"があったよな?」
「"貸し"?」
「そう....今日メイクをしてやったろ!......頼む....この通り....」
香澄さんが土下座した。それに続いて昂さんも
「俺からも頼みます!」
そう言って土下座を始めた。
「頭を上げて下さい....」
俺はそう言ったが
「頼む!この通り!」
香澄さん達は頭を上げてくれなかった。
「わかりました....どれだけ出来るかわかりませんが....俺でいいのなら....」
俺はそう言ってしまった。
「ありがとう!少年!」
香澄さんは俺の手を握った。
「香澄さんは"貸し"があるって言ったけど....俺は何の得もしてないんですけど....得したのは梓さん達なんだから....」
「そう言うな!きっといい事があるって!」
「そうかなぁ?」
「大丈夫!大丈夫だよ!......多分....」
香澄さんは苦笑いを浮かべていた。俺は一抹の不安が拭えなかった。
「俺はこれで帰るから....葛城君は明日にでも香澄と一緒に来るといい....あっそうだ!これ昔の奉納神楽のビデオをDVDに焼いて来たんだ!一応見ておいてくれ!本当は香澄のために持って来たんだけどな!」
昂さんはそう言って笑った。