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窓を開け放したまま寝てしまっていた。
薄いタオルケットだけでは少し肌寒いけど、温かく感じるのは陽向が隣にいるからだろう。
うっすらと目を開き、視界に広がるあどけない寝顔。
スースーと寝息を立てて気持ち良さそうに眠っている。
人差し指で鼻をくすぐると、陽向は顔をしかめて「んんー…」と呟いた後、また幸せそうな顔に戻った。
見ているとイタズラしたくなる。
薄い眉毛をなぞったり、低いけど筋の通った鼻筋を辿ったり、ほっぺたをつまんだり。
唇を親指で撫でると、ガブッと噛まれた。
「…って!」
「やめてよ…」
「起きた?」
「目、覚めちゃったじゃん」
トロンとした目で湊をとらえる。
「今日はドライブするんだろ?」
「うん…」
「朝メシ食い行くぞ」
「ん…」
再び目を閉じる陽向。
「はい、起きて」
「もーちょっと…」
陽向は湊のTシャツの裾を握って顔を埋めた。
しょーがねーな、と思ってしまう。
ポンポンと頭を撫でると陽向は満足そうに微笑み、湊の手のひらを頬に当てた。
すっぴんの眠たそうな顔が愛らしい。
「あと10分な」
「20分」
「ダメ。ぜってー起きねーから」
「起きるぉ…」
言ってるそばから寝言めいた言葉を発し、陽向は眠り始めた。
その後陽向が寝坊したのは言うまでもない。
朝食バイキング終了15分前にレストランに駆け込み、ご飯をかきこみ、部屋に戻った。
朝からドタバタだ。
そんなドタバタはそっちのけで「今日はどの服着ようかなー」と陽向はマイペースに着て行く服を選び始める。
マイペース、おおざっぱ、変なとこで几帳面。
O型の鏡と言っていいほど陽向は生粋のO型だ。
先祖も皆、O型に違いない。
「早くしろ」
「ちょっと待って!」
「何を待つんだよ」
「どっちがいーかな?スカートとズボン」
「どっちでもいーだろーが。つーかレンタカーの予約の時間まであと5分なんすけど」
「え!うそ!やばい!」
湊の言葉を聞き、陽向はやっと焦り始めた。
バタバタと準備を終えてホテルを出る。
「全然大丈夫ですからね。楽しんできてください」
レンタカー屋のおじちゃんが溶けそうな笑顔を2人に向けた。
案の定20分程遅刻したのだが、「困ります」などと言われなくてよかった…と思う。
キズの場所を確認し、車に乗り込む。
「アクセルとかブレーキとか、場所は大丈夫ですか?」
「大丈夫っす」
「はーい。じゃ、いってらっしゃいねー」
おじちゃんが笑顔で手を振っている。
陽向も楽しそうに「いってきまーす!」とおじちゃんに手を振り返す。
「いい人ー」
「だな。それよりお前は寝坊を反省しろ」
「ういー」
車を走らせること10分。
店が立ち並ぶ街から一転、左右にさとうきび畑が生い茂るのどかな一本道に差し掛かり、次第に山路になっていった。
CDもないので沖縄のラジオ番組から奏でられる民謡に耳を傾ける。
のどかだ。
「ねー、どこ行くの?」
「秘密」
「なんで秘密なのっ」
「いートコだよ」
それから20分、山路がひらけた途端、エメラルドグリーンの広大な海が目の前に現れた。
「わーっ!!きれー!」
灯台が見え始めた。
ここは石垣島の最北端、平久保岬だ。
車から降りて、岩でできた道を歩く。
頂上に着いた時、この世のものとは思えないほどの絶景に目を奪われた。
「……」
「……」
「ここに連れて来たかった」
「…へ?」
「お前と見たかったんだ」
それはずっと前のこと。
と、言っても陽向が入院している時の話だ。
広い海が見えたの。
すっごく綺麗だったんだよ。
湊にも見て欲しかった。
お見舞いに行った時、生死を彷徨っていた最中のことを陽向は話してくれた。
とても綺麗な海で、自分と一緒に見たいと言ってくれた。
それがどこの海かは知らない。
今お前が見ている海は、その時の海より綺麗なのかな。
「湊…」
「ん?」
「…ありがと」
見ると、陽向は声を押し殺して泣いていた。
誰もいない、静かな崖のてっぺんで陽向の身体を引き寄せる。
「お前と一緒にいれることが幸せ」
「ん…」
「生きててくれてありがとう…」
神に感謝する。
人生で最高のプレゼントだ。
こんなに愛おしい人を俺なんかに与えてくれるなんて。