5日間の恋人-3
あたしは驚いて冬哉のそばに寄った。あたしの頭にぽんっと手を置きながら冬哉は、
「ずっと見てたから…。」
と言った。その後、少し慌てて付け加えた。
「いや、ほらこっちの世界のことは何でも知ってるよ。いつも見てるから。悲しいことだけど毎日毎日、いろんな理由でたくさんの人が亡くなるからいつもこっちの世界のこと見てないといけないんだ。」
「ふぅん。大変なのね。で、あたしは生き返るために何をすればいいの?」
冬哉の穏やかな人柄のおかげなのか、自分の身に信じられないことばかり起きているはずなのに、あたしは驚くほど落ち着いていた。
ほんとは死ぬはずだったときいてもちっとも悲しくなかった。涙も出なかった。それは生き返らせてくれると言った冬哉の言葉を信じていたからなのかもしれない。
「簡単だよ。伊吹は特に何もしなくていい。ただ少しの間、そうだな5日間くらいでいい。俺の恋人になってくれれば。」
にこっと笑いながら冬哉はそう言った。
(!?なにそれ?どういうこと?何考えてるの、この人?)
あたしはその時はまだ、冬哉がどんな気持ちで、どんな思いで、そんなことを言ったのか知る由もなかった―。
(ほんとに…他の人にはあたしが見えてないみたい。幽霊ってこんな感じなのかしら?不思議。)
あたしは冬哉と別れ、ふわふわと空に浮きながら自分の家に帰ってきた。
今日は疲れただろうから家に帰ってゆっくり休むといいよ、と冬哉は言った。
家に帰るって言ったって、あたしはどうしたらいいんだろうと冬哉に聞くと
「今まで通りにしてればいいんだよ。こっちの世界の普通の人には伊吹のことは見えないし、声も聞こえない。今の伊吹は存在しないことになってるから。」
と笑いながら答えた。
今まで通りって言われたって、どうすればいいわけ?バスや電車には乗れるの?家に帰るって言っても鍵持ってないけど中にははいれるのかしら?とかいろんなことを考えていた。
玄関の前まで着いて、あたしは地面に足をつけた。
(どうやって中に入ればいいのかしら?鍵、ないんだけど。)
そう思いながら、ドアに手をかけてみた。
(!!擦り抜けた!このまま中に入れる?…冬哉と病室から出たときみたいに?)
思った通り、あたしはドアを擦り抜けて家の中に入れた。
部屋に入り、暖房をつけ、コーヒーを入れてからあたしはソファに腰をおろした。
(ほんとに今まで通り、普通にしていられるのね。ちゃんと寒さも感じるし、コーヒーも飲めるのね。)
部屋が暖まり、コーヒーを飲んで落ち着いたのか疲れがどっと沸いてきた。
(なんか疲れた…。いろいろありすぎたから当たり前か。冬哉が言ってたようにゆっくり休もう…。)
あたしはベッドに横になるとすぐに深い眠りについた。
あたしと冬哉の5日間の初日はこうして終わった―。
2日目。
(よく寝た…。何時?)
目を覚まし時計に目をやると10時を過ぎていた。
(やばっ!!寝坊したっ!遅刻だよーっ!)
慌てて飛び起きてから、自分がもう仕事に行く必要のないことに気付いた。
(そうだった。あたし…。)
昨日、自分の身に起こったことを思い返した。
(病院にいるあたしはどうなってるのかな?…行ってみようかな。)
そんなことを考えていたとき、携帯電話が鳴った。
(あたしの携帯?バッグに入れっぱなしじゃなかったっけ?なんでここに?) 携帯はソファに置かれたコートのポケットに入っていた。あたしは恐る恐る電話に出てみた。