十二-3
春子は和彦に色化粧をされた上に、長いあいだ犯されていながらも、心は紳一の元にあった。
「紫乃、愛しているんだ。君が誰の子どもを産もうが、俺はかまわない……」
和彦の表情は快感に満ちていた。
紫乃の幻に重ねた体を思いきり揺すって、愛の種を吐き出そうとしている。
「いや、お父さん、だめ……」
そのときが迫っていることを感じて、春子も最後の抵抗を見せる。
けれども現実は残酷であった。
ううっ、と和彦が目をしかめた途端、春子の膣内に大量の精液が入ってきたのだ。
それはつまり子宮へと注がれることになる。
春子はあきらめの吐息をついて、父の精子を受け止めた。
「春子」
呼吸を調えながら和彦は言った。
思いを遂げたことで、紫乃の幻影はどこかへ消えていた。
「俺はまだお母さんのことが、紫乃のことが忘れられなくて、代わりに春子を抱いてしまった。ひどい男だよ、まったく……」
春子は何も言わない。
「それだけじゃない。春子の知らない秘密が、俺と紫乃のあいだにはあるんだ」
春子は閉口したまま和彦を見つめた。
かつての優しい父親の顔に戻っていた。
和彦は唾を呑み込んだ。
「春子の母親は紫乃だけど、父親は俺じゃない」
瞬間、二人のあいだに重たい空気が漂った。
和彦は俯き、春子はあらぬ方向を見つめている。
「じつは、紫乃は、佐々木繁に犯されたことがあるんだ。わかるか?あの男は紫乃に乱暴して、妊娠させてしまったんだ」
「お母さんが……」
震えをおぼえた春子。
その背中に、和彦が浴衣をかけてやる。
母親だけではなく、母親に関わった人たちとの黒い過去が、春子の心に語りかけてくるようだった。
善悪の区別がつく年頃になったのなら、おまえは誰を信じて、誰を愛して、誰に愛されたいのだ、と。
湧き上がってくるのは涙であり、佐々木繁に対する憎しみであった。
いちばんの被害者は紫乃なのだが、そのことを数年の時間を費やしても癒せないでいる和彦の心は、深く傷ついているに違いなかった。
しかし春子は、「お母さんのことは悲しいけど、お父さんはもっとかわいそう。だってお父さんは勘違いしているんだもの……」と涙声で言った。
紫乃と佐々木繁のあいだに生まれた女の子が春子なのだと、和彦は言ったつもりだった。
それなのに春子の瞳には揺るぎない光が宿っている。それが余計に辛かった。
和彦は頭を振った。
果たして春子は言った。
「私と血がつながっているのは、佐々木繁でもなければ、深海紳一でもなくて、目の前にいる人なんだよ?」
和彦の表情は定まることがない。
そこに春子がつづける。
「お父さんとお母さんが離婚して、少し落ち着いてきた頃だったと思う。私もまだ小さかったし、そのときにお母さんが言った言葉の意味もわかってあげられなかったけど、さっきのお父さんの話を聞いてわかった」
そして紫乃が告げた言葉を回想しながら言った。
「あのね、これは大人の事情だからむずかしいお話だけれど、お父さんが遠くへ行ってしまったのは、お母さんが悪いことをしたからなの。だからお父さんのことを嫌いにならないでね。それともう一つ。世の中にはついていい嘘と、ついてはいけない嘘があってね。それは春子が大人になったらわかると思うんだけど、お母さんはお父さんのために嘘をついたの。いつかどこかで春子がお父さんと出会って、そこでどんなことを言われたとしても、春子は私とお父さんのあいだに生まれた子どもなのだから、それだけは忘れないでいてね。ごめんね」
そのときの母の表情が悲しい笑顔になっていたことも、春子は付け足した。
「もうよしてくれ」
和彦は歯を食いしばった。
「お母さんがついた嘘って、佐々木さんの子どもを身ごもったって言ったことなんだと思う。お母さんは、お父さん以外の人に抱かれた自分が許せなくて、お父さんに申し訳なくて、わざとお父さんに嫌われるような嘘をついたんだと思う」
「俺のために……」
意気地なさげに和彦はうなだれた。
「お母さんのお葬式が終わったあと、役場とか病院で確認することがあって。どの書類をを見ても、私はお父さんの子どもだった。わかる?」
一方的にしゃべる春子のそばで、和彦は何度も膝をたたいていた。
『近親相姦』という醜い言葉が脳裏を過ったのだ。
かつて自分が犯してきた罪の重さが、今さら鉛のようになって胃袋を不快にさせていた。
「こんなに顔が似ている他人なんて、どこにもいないんだから」
春子の言葉に和彦もようやく顔を上げ、娘の顔に自分の要素を探すと、やがて泣きくずれた。