十-1
浴衣の着付けを済ませた春子は、美智代との待ち合わせ場所に向かっていた。
『楽市楽座』という縁日が神社の境内から商店通りにまでつづいて、金魚すくいやら鉄板焼きの屋台に、花火売りなどが並んでいる。
人と人とが肩をぶつけながらせわしく行き交う中、春子は浴衣のくずれを気にしながら美智代の姿を探した。
すれ違う男という男は皆こっちを見ている気がするし、お面売りの露店に火男のお面を見つけると、忌まわしい事件のことを思い出す。
「春子」
背中のほうから自分を呼ぶ声がする。
誰なの。どこにいるの──。
人の熱気にまみれながら辺りを見渡すと、果たして彼はそこにいた。
「お父さん」
人波から頭一つ分だけ飛び出たその顔は紳一のものではなく、九門和彦であった。
和彦は春子の手を引いて神社の裏まで連れて行くと、ワイシャツの襟で顔を扇ぎながらこう切り出した。
「春子の友達の美智代ちゃんのことなんだが」
「美智代なら今日、私とお祭りに来る約束をしていたんだけど、まだ会えていないの」
「じつは今、俺の家に来ているんだ。生臭い事件があったあの日も、二人して遊びに来てくれただろう?」
先の強姦事件があったあの日、春子と美智代は九門和彦と一緒にいたのだった。
紳一の前で和彦の話をすると嫌な顔をされるので、紳一から問い詰められたときも、頑(かたく)なに口を閉ざしていたのだ。
「深海紳一さんにはほんとうに感謝しているんだ。紫乃のことも大事にしてくれていたし、春子のこともちゃんと育ててくれたからな」
「ありがとう」
「それじゃあ、美智代ちゃんが待っているから、行こうか」
「うん」
和彦は自分の車の助手席に春子を乗せて、隣町の自宅に向かって車を走らせた。
春子が振り返ると、まだ明かりの灯っていない提灯と、にぎわう人波が遠ざかっていくのが見えた。
明るい空に、痩せた月と肥えた太陽が浮かんでいた。