H-11
翌朝は珍しく五月晴れだった。
昨夜の黄鶏ご飯に丸干し鰯で朝食を済ませると、雛子は三朗を外に連れ出した。
「やっぱり未だ、肌寒いわね」
連れて来たのは畑の前。
「見てよ、私が植えたのよ」
自慢気な娘の態度に、三朗は鼻を鳴らして笑った。
「百姓仕事が出来る生徒に、手伝ってもらってな」
「な、何よ!悪い」
「いや、大変結構だ。沢山取れれば、給食にするといい」
「うん!そのつもりよ」
嬉しそうに笑い掛ける雛子からは、昨夜までの“懸命さ”は消えて、適度に力が抜けている。
(昨日の鬱憤晴らしが、余程効いたようだな)
暇を見付けてまた来てやろうと、三朗は思った。
「ところで、どの辺りに予定しているんだ?」
「えっ?」
「え、じゃ無いだろう。例の畑だよ」
「それは……調査で適した場所を見つけたいんだけど」
「幾ら何でも全てを調査していたら、手間も時間も掛かり過ぎるだろう。
予め何ヵ所か候補地を絞っておいて、そこを調査して決定すれば、早く掛かれるんじゃないのか?」
確かに、三朗の言い分は一理有る。大凡(おおよそ)の場所を決めておけば、後々の準備も前倒し出来るかも知れない。
「分かったわ!調査が入るまでに、候補地を絞っておくわ」
雛子の声に自然と力が漲る。見詰める三朗の目尻に、皺が刻まれた。眩しい物でも見るような、そんな皺だった。
日が少しずつ昇って行く。帰り支度を済ませた三朗は、雛子と共に役場の前に立っていた。
時刻は午前十時前。もう少しで迎えのトラックが到着する。
「今から又、八時間も乗り物に揺られると思うと、憂鬱になるな」
「お父さん、有難う。励ましに来てくれて。私、頑張るからね」
お礼を言う雛子に、三朗は小さく微笑んだ。
「雛子、儂は何も心配して無いよ。お前が村の方に慕われているのを見たからな」
「お父さん……」
雛子の瞳が赤く滲む。目標である父親に初めて認められた事に、感極まってしまった。
しかし、三朗は釘を刺すのも忘れない。
「だがな、余り無理し過ぎないように。子供は、教師の顔色に敏感だからな。
力を抜いて楽しみながらを、心掛けなさい」
「はい……」
こうして、思わぬ騒動は瞬く間に過ぎ去った。
たった一晩だったが、雛子にとっては濃密な出来事であり、不安定だった気持ちを揺るぎ無い物に変えてくれた。
「a village」H完
※1作詞:島田芳文
作曲:古賀政男
歌手:藤山一郎
題名:丘を越えて
※2作詞:藤浦 洸
作曲:万城 正
歌手:美空ひばり
題名:東京キッド