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ひとしずくの排卵
【その他 官能小説】

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-1

 学校の休み時間、春子と美智代は教室の後ろのほうでひそひそ話をしていた。

「昨日のことは、お父さんには内緒にしてあるから。美智代も絶対に誰にも言わないでね」

「わかってる。夕べはお父さんにお説教されて、昼間どこに行っていたのか訊かれたけど、あのことは言わなかったよ」

「でもまさか、うちの学校の生徒がおそわれるなんて、何だか怖いね」

「うん。危ないのは都会だけだと思っていたけど、私たちも気をつけないといけないね」

 美智代が言ったあと、春子はトイレに行くと言って教室を出た。

 閉まりの悪いトイレの扉をどうにか閉めて、春子は和式トイレにしゃがんだ。つうんと漂う臭いに眉が歪む。
 おしっこを出すと、陰部がひりひりと痺れた。貞操を捨てた夕べの出来事が思い出される。

 父にされていたように、自分の指で触ってみたくなった。
 けれどもどうやって触ればいいのかわからない。

お父さん──。

 自分の手を裏から表から眺め、どうしようか躊躇っている。

叱られるかしら──。

 悩んだ末に、太ももの内側に触れてみた。
 陰部に近い部分をゆっくり撫でて、より近くへと指を忍ばせていく。

 そんなとき、授業開始の鐘が鳴ったので、春子は仕方なく教室に戻った。
 四時限目の授業がはじまる。



「ちょっと出てきます」

 工場での午前の作業を終えた紳一は、昼休みの時間を利用して、紫乃の墓参りに行くことにした。
 今日は紫乃の命日である。

 汚した作業着のまま切り花を抱え、工場からほど近い墓地へと向かう。
 道端の雑草に混じって生える紫陽花は、花もなく葉を広げているだけだった。

 墓地に着くとバケツに水をはり、線香の煙を浴びながら紫乃の墓前に向かった。
 どうやらそこには先客がいるようだった。

 何となく見覚えのあるその顔に声をかけようか迷っていると、礼服姿のその男がこちらに気づいて声をかけてきた。

「お久しぶりですね、深海さん」

「九門さんとこうして会うのも、紫乃の告別式以来ですかね」

 お互いの腹の内を探り合うような低い声でにじり寄っていく。

「娘は……。いいや、春子は元気でやっていますか?」

「春子はもう九門さんの娘じゃない。僕の大切な家族だ」

「僕の娘だろうが、深海さんの娘だろうが、そんなことでやり合う気はありません。ただ、少しだけ忠告しておきたかったのです」

「忠告だなんて、脅かさないでください」

「養鶏場の佐々木繁、あの人には気をつけておいたほうがいい」

「何が言いたいんです?」

「あと、血のつながらない男と女が一つ屋根の下で暮らしていれば、間違いが起こらないとも限らない」

「僕と春子のことか?」

「ようするに、春子と血がつながっているのは誰なのか、ということなんです」

「九門さんの言いたいことはよくわからないが、僕は春子の父親です。そして紫乃は僕の妻だ。あなたとはもう何の関係もない」

 紳一は感情的になることもなく、胸を張って相手の目を見据えたまま言った。
 なるほどな、といった感じで不適な笑みを浮かべる九門和彦(くもんかずひこ)は、もう一度紫乃の墓前に手を合わせて、その場を去った。

 その後ろ姿にどこか暗いものを背負い込んでいるような気がして、紳一は苦い顔をした。

 九門和彦と紫乃が離婚した理由について、紳一は何も知らない。
 だが、何とも食えない男だ、と彼の風貌を見ながら思うのである。

 あらためて紫乃と向き合った紳一は静かに目を閉じ、夕べの春子とのことを許して欲しいと願った。

君がいなくなった今、僕には春子しかいないんだ。
それだけはわかってくれ──。

 この分だと夕刻には風が涼しくなりそうだなと、紳一はひたいに手をかざして晴天を見上げた。


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