黒の他人<前編>-13
「いつも、どんな事考えてしてるんだ?」
大きく首を振り返事を拒絶する加奈。
「誰か想い人でも?」小さく1回。
「男なら誰でもいいってか?」大きく2回。
「あれ?もしかして同性のほうが…… って、いてぇっ!」
終いには俺の手に噛みつきやがった。
「ったく、冗談だよ……」
そう言って俺がそっと髪を撫でてやると、少し頬を膨らませながらも、
目を閉じ俺の胸へとまた擦り寄ってくる加奈。
その仕草がなんだか子猫のように見えて、俺は思わずくすりと笑った。
ちょっとした意地悪のつもりだったのに、いつのまにかその気になってしまっている俺。
友達でもなければ恋人でもない女──加奈。
けれど赤の他人と呼ぶには色々と知りすぎてしまったような気がする。
「なぁ…… 俺のこと考えてしてくれよ?」
「…………え?」
突然の俺の言葉に思わず顔をあげる加奈。
「聞こえなかったのか?俺のこと想像して気持ちよくなって欲しいって言ってるんだよ」
「え、あっ えと……」
戸惑った様子でしどろもどろになるも、
頬を染め、何か言いよどんでいるようにも見える。
「どうした?駄目か?」
物憂げな目で俺を見つめる加奈。
「…………し、してます」
「うん?」
「さっきからずっと…… んっ こ、この前の事思い出しながら…………してます」
予想外の返事に俺の方が驚いてしまった。
いや、驚いたと言うより、不覚にも喜びを感じてしまったと言うべきだろうか。
こんな二十歳の小娘に、それこそ世間を知らない箱入り娘に、だ。
こう見えても俺は今年で三十二だぞ?
ひとまわりも違う女にときめくなんて……まったくもってどうかしてる。
「……龍二だよ」
「え?」
「言ってなかったろ?俺の名前…… 夏目龍二ってんだ。」
「り、龍二……さん」
俺の名を呼びながらじっと目を見つめてくる加奈。
その目に、吸い込まれそうな大きな瞳に、どこか俺は得も知れぬ既視感を覚えていた。