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『MY PICTURE』
【大人 恋愛小説】

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MY PICTURE【緑色の血管とキクチ・タケオ】-1

雨の日は草木が映える。紫陽花のような典型的な物から、道端の名も無い雑草まで。水滴は凸レンズの様に葉脈を拡大し、彼らに流れる―――彼らのそれは決して赤くは無いが、敢えて言うならば―――血液を思わせる。
「お前を見ているとつくづく思うんだが、本当に写真って人格出るよな」
キクチ・タケオのサングラスを鼻頭まで下ろし、フィルムをチェックしながら男は呟いた。
「じゃあ、お前にはコレから俺のどんな人格が見て取れるんだ?」
そいういうとこ、と言い、男は中指と人差し指の間に挟んでいたボール・ペンをくるりと回し、親指と人差し指に持ち替えながら俺の鼻先に突きつけた。つるりとしたボール・ペンのノックヘッドの黒。
「イヤミで偏屈、人間嫌いで自信過剰」
「・・・。俺もそう思うよ」
言いながらフィルム・チェックに戻ろうとすると、キクチ・タケオの男はやれやれ、とでも言いたそうに肩を大げさに持ち上げた。
「そうして俺は、そんな救いようの無く孤独な男の唯一にして最高の友人ってわけだ」
「自分の名前と同じサングラスを年中掛けている危篤にして変わり者の愛すべき友人Aと言うところだな」
なんだよ、と心外そうにキクチは眉をひそめた。この男の、ともすれば西洋人にもひけを取らないだろう、大振りなジェスチュアと表情の目まぐるしさが俺は好きだ。真偽はどうであれ、“俺はこう思っているんだからこう受け取れ”と言わんばかりの振舞いの前では、もはや推し量る能力など不必要だ―――むしろ、心情の推察を頑なに拒んでいる様でさえある。
「お陰様で大嫌いだった自分の名前を、こうして誇れる様に成ったんじゃないかよ。どっかの誰かと違って前向きな性質でね」
はいはい、と今度は俺が生返事を返した。キクチ・タケオも竦めていた肩を下ろし、デスクに向かって作業を再開した。しんとした静寂が男二人を閉じ込める。微かな雨の音が一層救い難かった。
お帰りなさいの声の代りに、ウエットな女の歌声とジャズ・ピアノのメロディがドアーの隙間からこぼれた。
「雨の日はピアノを聴きたくなるの」
言って、彼女はCDケースをつまんでかざして見せた。先週から仕事で居なくなっていたらしい彼女は、帰宅後すぐに風呂に入ったのだろうか、たっぷりと湿った黒髪から滴る水滴を防ぐ為の、はっきりとしたオレンジのタオルが肩にかかっていた。唐突な不在と、そして帰宅。約束も何も無く、それは毎回新鮮さを伴ってやってくる。
「お前がジャズを聴くなんて思わなかったな」
「仕事の合間に観ていたテレビで見たの。ラヴ・ソングばっかり歌うのよ。パッケージの煽り文句が気に入らなかったけど、まあ、確かにメイク・ラヴにはもってこいよね」
CDジャケットの女は――ダイアナ・クラールと言うらしい――、肩まである金髪を揺らめかせ、一心に鍵盤を叩いていた。
「お前も金髪にしろよ」
一瞬きょとんとした彼女は、けらけらと笑いながら一蹴した。
「似合わないわよ。私は東洋人顔なの」
それには応えず、俺は脱いだ上着を床に放るとベッドに寝そべっていた彼女の横に寝転んだ。仰向けになったままの俺と、それを気にも留めない彼女。
「お前さ、明日の夜空いてる?」
「いいわよ、別に」
返事を聞くのとほとんど同時に俺は彼女に重なった。
“I have seen such an unhappy couple. Almost me. Almost you. Almost blue.”
女は歌い続ける。外からはまだ微かな雨音が響いてくる。
「今晩は」
キクチ・タケオは、テーブルに両肘をついて作った手の甲と指のくぼみに顎をのせたまま、にこやかに挨拶をした。彼女は一方、体を背もたれにぴったりとはりつけた格好でそそくさと首から上だけの会釈をする。
先週の木曜日、キクチが俺のシャツに付いたリップの赤を目ざとく見つけ、一度会わせろとうるさかったのだ。この男の場合、一度会わせろと言って望みどおり一度会わせてさえやれば、それ以上の追求や要求は無い。だからこいつは俺の主な人間関係を一通り把握してきた。そこまで考えると、俺は少し複雑な気持ちになった。


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