想-white&black-N-5
麻斗さんが私の忘れ物を届けに来てくれた翌日、彼は学校に来ていなかった。
風邪で休んでいるのだと聞いたけどそれはやっぱり私のせいだろう。
「お見舞いとか行った方がいいのかなぁ……」
学校が終わり、私は一人歩きながら帰っていた。
楓さんは学生会の仕事が忙しくて遅くなるからということで先に帰ることにしたのだ。
すぐに車を手配してくれようとしたけれど、気分転換も兼ねて私は歩いて帰ることにした。
楓さんにはかなり嫌そうな顔をされたが、どうしてもと頼むと渋々ながらも承知してくれたのだ。
それに途中で麻斗さんのお見舞いに行くべきか考えたかった。
だがそんなことを私が考えていると楓さんが知ったらきっと反対されるに違いない。
散々迷いながら道を歩いていると、すぐ横で耳を刺すようなブレーキ音にはっと意識が引き戻される。
反射的にその音の方を見ると一台の車がすぐそこまで迫ってきていた。
「きゃああああっ!」
――――轢かれる!
突然のことに逃げることもできずに思わず目を強く瞑った。
だが予想していた衝撃は何もなく、目を恐る恐る開けるとほんの数センチというところで車は止まっていた。
「……助かっ、た?」
そう呟いたとたん安堵からか身体中の力が抜けて、その場にペタンと座り込んでしまった。
「はあ………、びっくり……した」
あと少し間違えていれば命を落としていたかもしれない。
頭の中はまだ混乱していてそんな言葉が口からこぼれた。
すぐにバタバタと車のドアが開け閉めされる音がして、ひどく慌てた誰かがこっちへ走り寄ってくる。
「大丈夫かっ? 怪我はないかい?」
のろのろと見上げるとスーツ姿の綺麗な顔立ちをした男の人が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。
あれ? 誰かに似てるような……?
「君、大丈夫なのか?」
「あっ、はい。大丈夫です。すみませんでした」
どこか引っ掛かりを覚えたが相手の声にそれは吹き飛んでいた。
「そうか、それなら良かった……」
私が答えるとその人もほっとしたような表情を浮かべ息をつく。
「すまなかったね、俺の前方不注意だ」
「そんな、私がいけないんです。ぼーっとしながら道を歩いていたから気付かなくて……」
「いや、こちらが悪いんだ。お詫びをさせてくれないか? 家まで送らせてほしい。誓って変なことはしないよ」
男の人は断っても必死にそう言ってくるものだから、私もついに折れてしまった。
本気で心配しているようであれこれと身体の無事を確認され、後になって何かあってからでは遅いのだと説得され頷かざるをえなかったのだ。
それにただの私の勘にすぎないがどこか彼には親近感というか、初めて会ったような気がしないような感じを覚えていた。
彼は私をそっと車までエスコートすると、そのまま隣に座り運転手に車を出すように指示を出す。
この人も若いみたいだけど楓さんや麻斗さんと同じような空気を纏っているような気がする。
今乗せられている車も詳しくは分からないけれど、乗り心地や手触り、その内装の雰囲気からして高級車なんだろうということは分かった。
それに運転手付きだなんて一般人とは思えない。
「あの……、本当にすみませんでした。私がちゃんと気を付けていれば良かったことなのに」
「君のせいじゃないって言っただろ。あんな所をスピード出させたこちらが悪かったんだから。危うく女の子に怪我をさせるところだった。君、良ければ名前教えてもらっても構わないかな?」
「えっと、間宮です。間宮花音」
「間宮花音? 君の名前、花音って言うの?」
「は、はい」
なぜかその人は私の名前を聞くとジッと顔を穴があくほど見つめてくる。
楓さん達のような美形を目にすることは多かったが、それでも整った綺麗な顔立ちの男の人にまっすぐ見つめられると何だか恥ずかしくなる。
「あの……?」
「そうか……、君が花音か」
こちらに聞こえないくらいの声で何かを呟いたかと思うと、ふっとその唇に笑みを浮かべ運転手にこう告げた。
「おい、英邸まで行ってくれ。楓様の屋敷の方だ」
「え?」
楓さんを知っている?
それに私がそこに住んでいることも知っているような口ぶりだ。
「あの、あなたは一体……?」
「そのうち分かるよ、きっとね」
そう言って笑う横顔にドキリとする。
その顔がさっき誰かに似ていると思ったことを思い出し、なぜか妙に胸を締め付けられた。