15才の少女-1
そんな折、私の所に警察がやって来た。男女2人連れの刑事らしい。
男の刑事は下川(しもかわ)で、女は如月(きさらぎ)と名乗った。
下川刑事は、私を脅すような声で言った。
「女子中学生の桜井尚美を知ってるか? その件で署まで来て話を聞かせてもらおうか?」
私は聞いたことのない名前だったし、なんの疑いで取調べを受けるのか分からず驚いた。
任意なら応じる必要はないと言おうとしたら、如月という女刑事が丁寧に頭を下げた。
「向山さん、あなたの催眠に関する専門知識を使ってご協力頂きたいのです」
そう言われれば、悪い気持はしない。私は同行することにした。
だが、取調室では如月刑事は来ないで、下川刑事が頭ごなしに私を尋問した。
「桜井尚美15才、先月から不審な外出が多くなり、本人も何をしたか覚えていないということだった。
大学病院の心身医療科で診てもらったところ、どうやら催眠術をかけられて乱暴されたらしいという結果が出たのだ。
そこの医師にも聞いたところ、以前勤めていた向山という療法士が異常なくらい催眠が得意だったというじゃないか」
私はきっと田所医師が私のことを名指ししたと思った。どこまでしつこいのだ!
だが催眠誘導してそのことを探り当てたのなら、相手の人相とか体格も分かるはずで、犯人が私ではないことも分かった筈だ。
「医師が行った催眠では、犯人の催眠が強力な為に健忘暗示(けんぼうあんじ)によって、顔を思い出せないようにしているらしいのだ。
そんな催眠をかけられる技術を持っている人間は、例として向山さん、あなたの名前があがったんだよ」
私は言った。
「世の中には催眠の技術が巧みな人間がたくさんいると思います。
でも、確かに私もそう思われていたのだとしたら、その中学生に催眠をかけるチャンスをくれませんか?
もちろん刑事さんが立ち会って下さって結構です。
私が催眠をかけたらもしかして何か手がかりになることが見つかるかもしれません」
すると隣の部屋から如月刑事が現れた。
「下川刑事、やらせてみよう。何か手がかりが得られるかもしれない」
「はっ、わかりました」
下川刑事の畏まった態度に私が驚いていると、如月刑事が警察手帳を私の目の前にゆっくりと広げた。
最初はちらっと見ただけでわからなかったが、手帳には『警視』と階級が書かれていた。
小さな警察署なら署長にもなれる階級だ。恐らくキャリア組なのだろう。
如月警視は私に言った。
「この犯罪はここ数年続いていて、被害者は数人出ている。
けれどまだ知られていない被害者はその数倍はいると思います。
県警本部からこの事件解決の為に私は派遣されて来ました。
是非向山先生のお力を貸してください。
どうも大学の先生たちやお医者さんの催眠は時間がかかり過ぎて、進展がないもので」
結果私の要望というか提案は認められた。
私はその中学生とラポールを取る為に話をしたいと言った。
ラポールとは心的融和と言うが、平たくいえば相手と打ち溶け合って信頼や親しみを持ってもらうことだ。
桜井尚美は15才と言ってもまだ顔の表情があどけない子だった。
「私は心理療法士なんだけれどね、向山って言います。宜しくね」
やや緊張した表情の桜井尚美は私にコクリと心持ち頭を下げた。
そして同じ部屋の片隅にいる如月警視の方をチラリと見た。
私は好きなテレビ番組のこととか、歌手のこととかを聞いた。
少し私に対する警戒心が緩やかになったところで、質問をした。
「君が自分でも覚えていない外出を始めたのは先月の半ばって聞いたけど、その頃何か変わったことはなかったかな?」
桜井尚美は目を落ち着かなく泳がせていたが、やがてぼそっと言った。
「先月初め頃から、筋肉痛で整骨院に通いました。部活で筋肉を痛めたので」
これはあまり関係ないなと思い、私は質問を変えた。
「じゃあ、先月の半ば以前に誰かと2人きりになったことってありますか?」
桜井尚美は頷いた。
「友達と女子トイレで2人きりになって、お喋りしたりしました」
これも関係ないなと思った。
「うーん……男の人と2人きりになったことは?」
桜井尚美は激しく首を振った。恋人とかボーイフレンドのことを聞かれたと思ったのか?
「そんなことは一切ありません。中学生ですから」
「いやいや、その変な意味でなくて、たまたま他の人間がいない場所で、君と男の人が2人きりになってしまったってことはないかな?
たとえば、エレベーターの中とか?」
「ありません。そんなの不気味だから、そうならないようにして……あっ!」
「どうしたの?」
「マッサージのとき、先生と2人きりになりましたけど」
「先生って?」
「整骨院の先生です。橋爪先生です。
マッサージコーナーでは一応衝立で仕切ってあるから、2人きりといえば2人きりです。
でも同じ部屋に他の患者さんとかスタッフの人もいるから、そうでないと言えば」
「橋爪先生って体は大きいかな? マッサージって力がいるから力持ちだろう?」
桜井尚美は笑って首を横に振った。