エピローグ-1
二人は結婚してはいるが、それぞれの男女学生寮に入寮して別居の形を取った。
だが同じ酪農科に入ったので、一緒に勉強したり実習することが多かった。
例の牧場も実は大学の近くにあったので、実習でも行ったし、休日などや長期休業中などに住み込みで働いたりした。
そんなある日のことだった。
牧場の名前は森田牧場。乳牛中心の酪農家だった。
以前は飼っている牛の頭数も多く、使用人の数も多かったらしいが、今は老夫婦が2人だけでやっている。
1日の作業も終わり、汗を流す為に風呂に入ることにした。
私は小さな銭湯なみに大きな浴室に入った。
脱衣棚があったが、脱いだ服を見られるのが嫌で目立たない隅の方に袋に入れて置いた。
そして風呂に入ったが、一番風呂だったようだ。
体を温めて、すっかり洗ったときに、背後の入り口の戸がガラッと開いた。
「えっ、い……いたのか?」
竹中の声が聞こえた。
私は慌てず立ち上がると裸のまま振り返った。
いいよ。ちょうど出るところだから。
私はそう言うと彼に裸体をさらしながら浴室を出た。
もちろん私も竹中の全裸の体をしっかり見た。
それがなんともないことのように私は平然と振舞った。
そして着替えの服を着るとさっさと出て来たのだ。
実は私は彼が来ることがわかっていた。
なぜこんなことをしたかと言うと、お互いの裸を一度は見ておいた方が良いかと思ったからだ。
自慢じゃないが、私は顔はそこそこでもスポーツで鍛えた均整のとれた体を持っている。
それを彼の目に焼き付けておきたかったのだ。
竹中の中にある松野の体の記憶の上に私の体の記憶を上書きさせたかったのだ。
それ以来、彼は私の体を意識した視線を投げかけるようになった。
だが私は竹中とは友人同士という垣根を越えないようにしていた。
私は竹中梢と言う名前で入学した。
他の学生たちは私たちが夫婦であることを知っていたが、特にそれを珍しがったりはしなかった。
だからごく普通の学生生活を過ごしたと思う。
牧場経営のことについては2人でよく話し合ったりした。
そうやって私達は卒業し、森田牧場に住み込みで働くことになった。
酪農業の実習生という形で入り、本格的に酪農の仕事をするようになったのだ。
やがて老夫婦からの引継ぎも終わり、自分達で牧場を経営することになった。
私は茂がいないところで森田牧場のご夫婦を見送ることになりました。
どうも今まで本当にありがとうございます。どうかゆっくり休んで下さい。
本当に今まで無理を言って、引き止めて申し訳ありません。
「いえいえ杉山のお嬢さん、この森田牧場は借金で潰れかけていたところを杉山のお祖母さまから出費して頂いて助けてもらったものです。
それ以来正規のオウナーであるお嬢さんにお渡しするまでの期間、楽しく過ごさせて頂きました。
なにやら私たちがお嬢さんたちの学費を出費したことになっていて、そのことを言われるたびに恥ずかしいやらで穴があったら入りたい気持ちでしたよ」
今まで秘密を守って頂いてありがとうございました。
ではお元気で。私は手を振って車を見送った。
そうなのだ。森田牧場はもともと私がオウナーになっていたのだ。
その他にお祖母さま経由で頂いた山野がかなりあった。
2人の学費も補助金などの申請をして奨学金なども集めたが、それだけでは全然足りないので、私の貯金から振り込んで支払った。
私は茂の夢を叶えてやりたかった。ただそれだけだった。
茂が向こうから馬に乗って戻って来た。
牧場の緑の上を疾走して、体に青い風を受けてやって来る。
私は今夜こそ本当の夫婦になろう思う。まだ茂はそのことを知らないが。
私の計画の仕上げが今夜で完成する。きっと、そうなる。
完