白いキャンバス-6
翔弥はホテルの黒いフィルムが全面に貼られた自動ドアの前に立った。そのドアが開いたとたん、出し抜けに広がった白い世界に彼は思わず目を閉じた。
翔弥はもう一度ゆっくりと目を開けた。「夜の間に降ったのか・・・・・。」
そこは白い空間に変わっていた。
広がった青空の下、彼はとぼとぼと家路についた。車が走る道路はすでに雪も解けて、黒く濡れたアスファルトが朝日を反射して輝いた。陽は差しているが寒い朝だった。彼は思わず襟を立てて首を縮めた。
小学校の近くの公園入り口で、彼は立ち止まった。
その公園には誰もいなかった。
翔弥はそこに足を踏み入れた。夜の間に降り積もった、誰にも穢されていない真っ白な雪の地面が一面に広がっていた。彼はそこに一歩ずつ、ゆっくりと自分の足跡を残していった。
翔弥はベンチに積もった雪を払いのけて腰を下ろした。ベンチはひどく冷たかった。
彼はそのベンチに残った雪に両手をそっと押しつけた。ふわりとした感触でも、手のひらが痺れてしまうほどに冷たかった。
翔弥はそのままじっとしていた。喉元に大きく熱い塊が上がってきた。彼は苦しくなって、口を大きく開き、焦って息をした。刺すような冷たい空気が肺の中に流れ込んだ。
翔弥はよろめきながら立ち上がった。そしてそこにたたずんだまま、真っ白な雪の中を公園入り口から続く自分の足跡を目でたどった。彼が今立っている足下に目を向けたとたん、涙が堰を切ったように溢れ始めた。それはどうしようもなく溢れ続けた。
「圭子、どうして僕に・・・・、会いに来たんだ・・・。」翔弥は震える声で小さく口にした。
翔弥はずっとうつむいて肩を震わせていた。涙がぽたぽたと地面に落ちて、彼の足下の雪をドット模様に解かしていく。解けた雪の下の茶色に枯れた芝の中に、控えめな薄いピンク色をした小さな小さな花が咲いているのが見えた。翔弥は思わず顔を上げ、眩しく輝いている空を仰いだ。
眩しすぎて、彼はもう目を開けていられなかった。
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