『また、明日』-3
***
〔ふわぁぁ❤いい香り〜〕
真新しい干草の香りを、ナハトは胸いっぱいに吸い込んだ。
太陽もすっかり沈み、厩舎の中を魔法灯火が柔らかく照らしている。
大掃除は大変だったが、厩舎は新築のように綺麗で気持ち良い。
〔ナハト、これやるよ〕
リュリュが紫キャベツを咥え、差し出してくれた。
〔わぁ!いいの?〕
餌箱には色々な果物と野菜が揃えられているが、中でもナハトの大好物は、まだ中玉サイズの紫キャベツ。
〔ん、〕
キャベツを咥えた口を、リュリュが突き出す。
ありがたく咥えとり、甘く美味しい野菜を飲み込むと、尻尾のさきまでじんわり幸せが染み渡る。
こうやって口移しに貰う食べ物は、自分の餌箱から食べるより、数段美味しく感じるのが不思議だ。
自分の餌箱からリンゴを咥えあげ、リュリュにもお返しした。
「仲がいいのね」
その光景に、ミランダが目を細めた。木箱に腰掛け、ニコニコとナハトを見上げる。
他の騎士たちは引き揚げていったが、彼女は呼ぶまで厩舎に残るよう命じられていた。
「きるるっ」
なんだか恥ずかしいシーンを見られた気がして、ナハトは干草に頭を突っ込んだ。
「アハハ、照れなくてもいいのに」
〔どうしたんだよ、ナハト〕
ミランダとリュリュが笑うほど、恥ずかしくて干草から顔を出せない。
「き、きるぅぅ〜」
干草の中でぎゅっと目を瞑っていると、新しいパートナーの声がした。
「ミランダ!待たせたな」
「団長……」
「ん?ナハト、何やってるんだ?」
怪訝そうなベルンの声に、あわてて干草から頭を引き抜く。
「きるるるる!〔なんでもない!〕」
ブルブル激しく首をふったせいで、細かな干草の屑がベルンやミランダに降りかかった。
「わっ!」
「きるるる……〔ご、ごめんね……〕」
干草を払い落とす二人からそっと離れ、餌箱に戻る。
ただし、耳の方はちゃーんとベルンたちに向けていた。
他の飛竜たちも、素知らぬ顔でむしゃむしゃ餌を食べつつ、耳をしっかり立て、興味津々だ。
盗み聞きは行儀が悪いとたしなめるエドラ姉さんまで、チラチラ横目で見ている。
ミランダの飛竜は、パートナーが無愛想な新人と評されるのに心を痛め、飛竜たちへ彼女の秘密をすっかりバラしてしまったのだから。
昨夜、飛竜たちはその話題で一晩中盛り上がっていた。
「準備が出来たから、食堂に来てくれ。みんな待ってる」
嬉しそうにベルンが告げる。
思ったとおり、やけに理不尽な居残りは、歓迎会の準備をする足止めだったようだ。
「はい……しかし、食堂で会議ですか?」
ミランダが硬い表情のまま、いぶかしげに尋ねる。
「いや、とにかく来てくれれば……イテテ」
ベルンは顔をしかめ、首の後ろに手をやった。
今日は暑く、ベルンは上着も脱いでいたが。どうやらシャツの襟に入った干草が、まだチクチクするらしい。
「すまん、ちょっと待ってくれ」
決まり悪そうに笑い、ベルンは深緑のシャツを手早く脱いだ。
筋骨逞しい上半身が露になる。
バサバサとシャツを振り、干草の屑を払い落としていたベルンが、不意にぎょっと目を見開いた。
ポタポタと、滴り落ちた鮮血が干草を赤く染めていく。
「ミランダ!?」
ナハトを始め飛竜たちも、いっせいに顔をあげて注目する。
ただし、ミランダの飛竜・ラプターだけは溜め息まじりに頭を振っていた。
「きーるるぅーー〔あーあ、ミランダのやつ……〕」