☆☆☆☆☆-3
8月のライブは下旬に行われた。
久しぶりのライブハウスは少し緊張する。
受け付けに行くと、スタッフの人に「おっ、HI way久しぶりだねー」と声をかけられた。
「お久しぶりです!よろしくお願いします!」
「楽しみにしてるよ」
「ありがとうございますっ!」
陽向はペコッとお辞儀をして楽屋に向かった。
ドアを開けた瞬間、湊と鉢合わせた。
「おっ」
「おはよー!」
「気合い入ってんねー。新曲やんの?」
「うん、1曲だけ」
「俺の期待してるやつかなー」
「え?」
「ずっと前、図書館で書いてたやつ」
湊が言っているのは、今まさに書き始めたやつの事だ。
「んー。それはまだ」
「あそ。ま、今日も楽しみにしてますよ」
湊はニッ笑うと、外に出て行った。
久しぶりのライブは楽しかった。
暴れに暴れ、マイクのシールドに足を引っ掛け転びそうになったことは秘密だ。
今日の出番はトリだった。
汗だくで楽屋に戻ると、顔馴染みのメンバーがたくさん声をかけてくれた。
「やっぱり女ボーカルいーよなー!こんなロックやる女いねーよ。ロックってかメロコア?まじかっけー!俺、アンタのファンだよー」
よく対バンするバンドの早瀬という男が陽向に鬼絡みする。
「あははー!ありがとー」
「またやろーな!新曲も楽しみにしてっからー!てかさー…」
1人でベラベラ喋る早瀬の対応に困っていると、「陽向ちゃーん!」と声をかけられた。
「あ、ごめんね。また後で話そ!」
助かったーと思いながら、声の主を探す。
キョロキョロしていると「俺、俺!」と湊のバンドメンバーの亮太がすぐ側にいた。
「写真撮ろーよ!復帰祝い!」
「復帰祝い?」
「そーそ。湊から話は聞いてっから。はいはい、向こう行こー」
促されるままに亮太についていくと、大介たちもそこにいた。
「はーい!並んでー!まずはHI wayね」
陽向を囲むように3人が並ぶと、携帯のカメラを向ける亮太の後ろから湊が顔を覗かせた。
すかさず「やべー。並ぶとマジちびっこ」とバカにされる。
「そこ!ムカつくんだけど!」
言った瞬間、シャッターを切られる。
亮太と湊とジョージが爆笑している。
「あーっ!今の無し!!もっかい!」
「いーの撮れたよー!ほら」
見ると、口を縦に開けてムスッとした表情の自分の周りで、3人がポーズを撮っている。
「うわ!ちょー最悪!ってかあんたが変なこと言うから!」
陽向は首に掛けたタオルで湊をはたいた。
「事実だろーが」
「ほんとムカつくっ!」
小競り合いをしていると、亮太に「お2人さーん」と言われた。
シャッターを切られる瞬間、湊にグッと身体を引き寄せられる。
少しドキドキしてしまった。
湊にムッとした顔を向けると、「汗で前髪浮いてる」とクスクス笑われた。
「うるさい!黙れ!」
「黙りまーす」
その後も写真撮影は続き、亮太やジョージにまでからかわれ、変な写真ばかり撮られた。
最後の方は自ら変顔をしてやった。
「これ、全部送るねー」
「いいやつだけお願い」
「ひとつもないけど」
「もうっ!」
こうしてライブが終わっても楽しく話せるのって最高だな、と怒りながらも心の片隅で陽向は思うのだった。
ライブ後は恒例の飲み会が開催され、陽向はいつものごとく酒に飲まれた。
帰り道、湊に半ば引きずられながら歩く。
「俺にどんくらい貸しあるか分かる?」
「わかんなーい!」
今日は眠さを通り越してハイテンションだ。
湊はため息をついて陽向の頭を叩いた。
「あたっ!」
「どーしよーもねー奴だな」
陽向はなんだか楽しくなってきて、湊の家に着くまでケタケタ笑っていた。
鍵を開けて部屋に入ると、陽向はソファーにダラリと横になった。
恐ろしい速さで心臓が脈打つのが分かる。
だんだん冷静になってくる…。
「んなとこで寝んな」
「あー…ぁー…眠い…」
「このクソ酔っ払いチビ」
「ひどい…」
半分夢の世界に入りかけた時、湊に無理矢理身体を起こされた。
「ほれ」
「んっ?」
湊が封筒のようなものを差し出してきた。
「開けてみ」
何だろう。
全く予想がつかない。
モタモタしながら封筒の中身を取り出す。
それを見た時、何だか分からなかった。
え…これって…。
えぇ!?
「えー!いつとったの?!」
封筒の中身は飛行機のチケットだった。
羽田と那覇、那覇と石垣の往復チケットが2人分入っていた。
「お前、石垣島行きたいって言ってたろ?」
「うん…」
「9月1日から9月4日な。バイト休みにしとけよ」
「うんっ!!」
いつの間に…。
いつだか話の中で、石垣島に行きたいと言っていたのを覚えててくれたんだ。
いいやつ探すって自分から言ったのに、実習終わってから入院してしまい、それどころではなかった。
近場で旅行しようか、なんてことにもなりかねなかったのに…。
「ありがと…。あたし探すって言ってたのに、ごめんね」
「しょーがねーだろ」
「いつ取ったの?」
「入院中」
「え…」
「お前が絶対元気になって、一緒に行くことしか考えてなかったからさ」
湊はそう言うと、陽向を抱き寄せて優しく髪を撫でた。
「最後の夏休み、楽しもうな」
「…ありがと」
陽向は満面の笑みで湊を見上げた。
湊も優しく微笑む。
「今日、元気に歌ってるお前見てめちゃくちゃ安心した」
「へへ…そう?」
湊は陽向の額に自分のそれをコツンと当て、両手で頬を包むと、唇に優しくキスをした。
「酒臭っ」
「湊だってお酒臭い」
「風呂入って歯磨きしましょー」
「そーしましょー」
湊が立ち上がる。
陽向は湊の背中に抱きついてバスルームまで歩いて行った。