契り-1
初めて出会った日からもう三月も経とうかというのに、男が幸を女として見たのは急ごしらえで部屋に作り替えられたこの納屋に移り住んだこの日が初めてである。女を感じさせるにはあまりにも貧弱な、あばらの浮き出たその体、白髪混じりのぼさぼさの頭、顔の骨格がそのまま浮き出た痩せた顔は、初めて駅前の暗がりで出会ったあの時と比べほとんど変わりが無かった。しかしこの寺での落ち着いた暮らしが、幸から周りを警戒するようなあのとげとげしい雰囲気をすっかりとそぎ落としていることに気がついた。
湯を借りた後の髪をすく幸の後ろ姿はまごうことなき女のそれであった。
二人で旅を初めてから今日までずっと、眠りにつくときにはいつも抱き合って寝た。二匹の野良犬がお互いの存在を確かめるように、丸めた体をぴったりと寄せ合いながら朝日の昇るのを待った。ただお互いの体が自分のそばにあることが確認できるだけで安心できた。
誰からも追い立てられない安息の場所を得た今、男は今まで幸には決して感じることの無かった男としての欲望がマグマの様に湧いてくるのを感じたのである。
幸も又、同じ思いだったのかもしれない。湯上がりに髪など透いたことのない女が何度も何度も髪を透く。里の女から差し入れてもらった浴衣に腕を通したその後ろ姿は男に自分が女であることをしきりに匂わせていた。
薄暗い裸電球の明かりを消し、その体を男の傍らに滑り込ませてきたとき、幸はいつものように体を丸めることはしなかった。体を真っ直ぐにのばし、仰向けに横たわる幸の寝姿は確かに男を誘っていたのである。
帯を解き、合わせを開き、腕を袖から抜く。寝間(ねま)での男と女の一連の動きが何の淀みもなく、まるで何年も営まれてきた夫婦のそれのように流れていった。男の最も男たるそれが、そして女の最も女たるそれだけがおのおのを性急に求めていた。たった一つの前戯すら邪魔であるかのように男は女に突き立てた。そして女は男を迎え入れ締め付けた。 何の思惑も、飾りもない獣の交わりの様に。
男は何度精を放ったであろうか、そして女は何度上り詰めたであろうか。外が白むまで獣の交歓は続く。
この白髪混じりのあばらの浮き出た「女」と呼ぶのもはばかられる幸のそこだけが、まるで今が盛りの女のそれのように男を締め付ける。泉の底からはつきることなく喜びの涙を涌きたたせ、そのぬかるみの中に何度も何度も男を突き落とす。くぐもった女のあえぎが白み始めた朝靄の中をどこまでも渡っていった。