バス停-2
雨はあがって、少し晴れ間も見えていた。私達はバス停の裏の林を歩いた。先程の雨で草の葉に露がたまり、歩くと靴が湿った。ひんやりした空気の林を歩くのは気持ちが良かった。
『さっきの。気にしてないですよ』
私は明るく言った。
『あれだけはっきりと言われたら、逆にすっきりしました。図星だったしね』
男もその言葉で安心したのか、最初の頃のような笑顔を見せた。
『ごめん、僕は夢のことになると少し熱くなるんだよね…僕は夢に対して妥協はしたくないんだ。夢は叶えるものだよ。僕は次のコンクールで賞をとってみせる』
男はそういうと持ってきていたカメラを覗きはじめた。彼の目には目標が見えている。夢への道が輝いて見えているのだろう。私はそんな男をうらやましいと思った。
『こっち向いて』
男が私にカメラを向ける。私は戸惑いがちに笑顔を作った。
『もっと自然にしなよ。表情がかたいよ』
男はケラケラ笑いながら言った。カメラを持つ彼は本当に楽しそうだ。私も昔は楽しくピアノを弾いていたな…いつからか自分の夢が楽しいことではない、重荷に変わっていった気がする。私もこの男のように楽しんでやれば、また夢を追えるかもしれない。そう考えると、今までの悩みも軽くなり、晴れ晴れとした気持ちになった。
パシャ!
男はいつのまにか私を撮っていた。
私たちはただバス停で一緒になっただけの間柄だ。でもこの男のおかげで一皮剥けた気がする。私はこの偶然の出会いに感謝した。
それからどのくらいたったか…私はピアノの練習を再開、学校にもきちんと通いはじめた。
そんなある日、ふと新聞を見るとあの男が載っていた。どうやらあの時言っていた写真のコンクールに入賞したようだ。一度会っただけの男だが、彼の入賞は自分のように嬉しかった。
「夢は叶う」と書かれた彼のコメントと共に大きく掲載されたその写真には、あの林で微笑む私の姿があった…