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バス停
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バス停-1

私はバスを待っている。
 
一時間前に前の便が出てしまった。暇を潰そうにもこの辺りには適当な場所も無い。ちょうど小雨もパラつきはじめたので、私は座って待つことにした。
 
私は数年ぶりに実家に帰ってきていた。進学のために都会に出てからはなかなか帰ってこなかったが、野暮用で数日滞在する羽目になったのだ。久しぶりの地元は変わらず田舎だった。バスは一時間に一本、バス停は小汚い小屋のようだ。こんな田舎に嫌気がさした過去の自分の判断にも、今なら頷ける。
そんな考えを巡らせるうち、ふと気が付くと数人がバス停内にやってきていた。学校帰りらしい制服の男の子、杖を抱えたおばあさん、買い物帰りの中年おばさん…
そんな中この場に合わない雰囲気の男が一人。垢抜けた感じの都会風な男だ。その男は私を見るとこちらに近づいてきた。
『君も旅行かい?何処からきたの?』
『いえ、私は帰省です。これから東京に戻るところですが』
『あ、そうだったの。僕はちょっと観光にね。ここはいいとこだね。自然も多いし…』
普段人付き合いの得意では無い私がつい答えてしまったのは、この人の持つ雰囲気のせいだろう。どことなく人懐こそうな感じで、突然話し掛けられても不快感は受けない。
『でもこんな田舎に観光だなんて珍しいですね。自然しかないのに』
『その自然がいいんじゃないか』
男は私の質問に不思議そうに答えた。
『僕は生まれてからずっと都会で育ったからね。大自然に囲まれた生活が夢だったんだ…それに観光以外にもこれがあってね』
男は大きな旅行用鞄からカメラを取り出しながら言った。
『僕のもう一つの夢はカメラマンなんだ。今度のコンクールのためにここの自然を撮ろうと思ってね。実はこの町の山には珍しい鳥がいて…』
自分の好きな話題を語るその男の顔は子供のように輝いていた。聞き手に廻った私が見ていて嬉しくなるような笑顔だった。
かなり長く写真や自然などの彼の夢について語った後、男は何かに気付いたように言った。
『ごめん、僕ばっかり喋ってるな。君も夢とか無いの?』
話を振ってくれたはいいが、私には誇れる夢なんて無い。もともと夢を追い掛けて都会の学校にでてきたはいいが、挫折してしまっていた。
『私は…諦めちゃったかな。私の才能なんかじゃ無理だったんですよ。都会に出てみて気付きましたよ。夢は見るものだったんだなぁって。馬鹿な話ですよ』
照れ隠しをするように笑いながら私は言った。そしてまた私の実力じゃあプロなんて無理だったのよ、と自分に言い聞かせるように。しかしそんな軽い気持ちで言ったことに男は真顔で返答した。
『夢をそんなにすぐに諦めるのか?どんな夢が知らないが君は自分が努力しないのを才能のせいにして逃げている…夢の重圧から逃げているんじゃないか?』
初対面とは思えないほどはっきりと言われた。さっきまでの男とは違う、何か彼の信念をぶつけたような言い方だった。
しかしそれは意外にも、私を怒らせることなく心に響いてきた。図星だったからだ。小さい頃から音楽が好きで、将来はプロのピアニストになろうと夢見ていた。親の反対を振り切って音楽の専門学校に入ったが、周りのレベルの高さに愕然とした。自分はこの中でやっていけるだろうか?自分の才能なんかじゃ無理じゃないか?常に不安が巡っていた。その内ピアノの練習も疎かになり、学校にも行かなくなった。今回の帰省も、親に学校をサボっていた理由を説明するためだった。
『あ、ごめん…僕にこんなこと言われる筋合いはないよね…』
俯いてしまった私を見て言いすぎたと思ったのか、男は申し訳なさそうに言った。
二人の間に静寂が訪れた。さっきまでの楽しげな雰囲気は吹き飛び、残ったのは気まずさだけだった。
これからまだ三十分ほど同じ空間で待たねばならない。こんな空気のまま待つのは嫌だと思い、私から声をかけた。
『ちょっと歩きません?』 


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