VS欲望-9
そんな俺にとうとう郁美が愛想を尽かせた。
春休みの補習が終わって数日後のことだった。
「……修、あたし達別れよう」
驚いて俺は、箸を持つ手を止めた。
昼下がり、春休みだから学生で賑わうモール内のフードコート。目の前には大盛の牛丼。
どうみても別れ話を切り出すシチュエーションには不釣り合いな和やかな空間で、彼女はいきなりそう言ってきた。
郁美は腹が減っていないらしく、アイスティーだけ買っていて、それをズズッと吸い上げてから、小さな口を尖らせた。
「なんでだよ」
「……それ訊いちゃうかな」
“胸に手をあてて訊いてみろ”と言わんばかりの郁美の苦笑いに、なぜだかしまったという気持ちになった。
「元々あたしが無理矢理ヨリ戻したいってワガママ言ったんだし、ヨリ戻したらなんとかなるって思ってたけど……」
郁美の顔はいつも通り穏やかに微笑んでいたが、それがかえって痛いところを突いてきそうで怖かった。
「でも、修には他に好きな人いるもんね。あたしがどんなに頑張ってもダメなんだもんね」
頭を思いっきり殴られたような衝撃が走った。
突くどころか、突いてできた傷を押し開かれたような気分だった。
急に冷や汗がダラダラ流れ出し、喉を鳴らして唾を飲み込む。
一瞬脳裏に浮かんだのは、つい先日久しぶりに言葉を交わした石澤の姿だった。
「何……適当なこと言ってんだよ」
「適当? あたし、修のことしか見てなかったのに。あんた、わかりやすすぎんのよ」
ジロッと郁美が俺を睨みつけ、少し低い声でそう呟いた。