悪魔のささやきは年の暮れに-1
私にとって十二月は鬼門の月である。最初の妻が失踪したのも十二月。クリスマスイブの日にケーキを抱えて帰ってきた家には明かりがついていなかった。暗がりの中で子供達が寒さに震えていた
「母さんは?」
「まだ帰ってこない」
電話のベルが鳴った。一番下の子供を預けている保育園からであった
「あのー、まだお母さんが迎えにいらっしゃらないんですが」
明らかに不機嫌な声が電話の向こうから聞こえてきた。もうとっくに六時を回っている。三時半がお迎えの時間である。私は慌てて保育園に向かった。不安そうな表情を浮かべた子供が飛びついてきた。
「困るんですよ、時間通りにお迎えしていただかないと」
クリスマスイブの日に早く帰れない怒りが保母の言葉には表れていた。
何度も頭を下げながら子供を抱いて帰った我が家には未だ妻の姿は無かった。
一週間前にパート先のアルバイト学生との不倫が発覚し、学生は隣県の故郷へと逃げ帰っていた。妻はその学生を追って家を出たのだ。幼い子供達を置いたまま・・・。
それが十二月であった。そして去年の十二月にはシロが・・・
この年の十二月も例外ではなかった。
春に高校を卒業し、食品会社に就職していた娘が帰ってこなかった。この夏から何度か家に帰らない日があったのだが、連絡無しに帰らないということは今まで一度も無かった。
一枝と気性の良く似た娘である。血のつながらない私をお父さん、お父さんと慕う下の娘の<眞心(まこ)>と違い、上の娘の<百合香(ゆりか)>は寡黙である。自分の方から私に話しかけてくることはめったに無かった。
「眞心、姉さん何か言ってなかったか」
「何も聞いていないけど。心配しなくても明日になれば帰ってくるよ」
眞心は百合香の不在を気にも留めていなかった。
一枝は仕事に出た後である。忍として仕事中はポケベルを切っている。一枝に連絡をとる事も出来なかった。翌朝、始発で帰宅した一枝に、百合香の不在を伝え私は仕事に出た。
もう一日待っても百合香は帰らなかった。連絡も無い。明らかに異変である。大して気にも留めていなかった忍もさすがに平静ではいられなくなっていた。
百合香が帰らなくなって2日目の朝、百合香の勤める会社に電話を入れてみた。
「あ、お父さんですか。百合香さんの風邪大丈夫ですか。仕事のほうは心配ありませんからちゃんと良くなるまで休ませてやってください」
百合香は会社に病欠の連絡をして休んでいた。明らかにおかしい。百合香の友達に連絡をとってもその消息は杳として解らなかった。百合香が良く泊まると伝えていた高校からの友人にも百合香の不在の理由はわからない様子である。それどころか今年に入ってから百合香は一度もその友人のところで泊まった事はないという。百合香は明らかに私達に嘘をついていたのだ。
警察に捜索願を出した後、一枝と二人で百合香の会社に出向いた。百合香の失踪の手がかりを掴むためには本当の事を打ち明けるしかなかった。
百合香の失踪は会社の人事担当者にとっても驚きの出来事であったようだ。
「まさか百合香さんが失踪だなんて・・・。てっきり風邪で休んでいる元ばかり想っていました。これまでは何の問題も無くちゃんと仕事してもらっていましたから」
その人事担当者にも百合香の失踪の原因はトンとわからないようであった。
「百合香の失踪のほかに、会社で何か変った事はありませんか?」
「変った事といっても・・・。百合香さんが会社を休んだ同じ日から配送の男が一人休んでいるぐらいで。他には何もありませんね」
その男は四十前の男で、百合香とは一見何のつながりもなさそうに思えた。
百合香は会社で配送伝票を発行する部署に居た。配送担当者はその伝票を百合香の部署で受け取り配送に出る。二人は毎日顔を合わせていた可能性がある。そのことが気に掛かった。
二十歳ほどの歳の差のあるその男と百合香との接点は同じ日から会社を休んでいる事だけである。その男の住所を控え、百合香の休職届けを出して会社を後にした。
「今からこの男の家に行ってみよう」
一枝には何か引っかかるものがあるようであった。
控えた住所を尋ねてみると新聞受けには百合香が失踪した翌日からの新聞が溜まっていた。この部屋に誰もいないのは明らかであった。