悪魔のささやきは年の暮れに-2
会社で聞き出したこの男の情報は、三十九歳で独身。三年前に途中入社し、現在は商品の配達をしているという簡単なものでしかなかった。
十九歳になったばかりの百合香と三十九歳の男。どう考えてもつながりようのない歳の差の二人が同じ日に会社を休み、そして所在が知れなくなっている。嫌な予感がした。
長年風俗の世界で生きてきた忍には裏の世界とのつながりが在った。忍が調べ上げた男の情報は、百合香とはただ単に歳の差のある会社の同僚というだけのものではなく、私の想像を遥かに超えたものであった。
男の名前は 山田 一春。通名であった。在日3世、離婚暦があり、別れた妻との間に二人の子供がいた。犯罪歴はなかったものの、パチンコでこしらえた多額の借金を抱えていた。。
益々二人の接点が見つからない。探し出した男の両親からも何の手がかりも得ることが出来なかった。というより、男の両親は男とは意識的に関係を絶っているようであった。
「またあいつが何かやったのかね。何の責任も取れんよ」
それが男の父親と初めて会ったときの第一声だった。
「実はうちの娘とお宅の息子さんが同じ日から会社を休んで、今まで行方知れずなんです。何かご存知ではないかと」
「さー、息子とはここ半年ほど会っていないんで、何にも判らんよ」
そういいながら、男の父親は息子の行状の悪さをくどくどと並べ立てるだけであった。
この時、私と忍は百合香と男が一緒に姿を消した事を確信したのである。
自分の命とも言うべき“家族”の欠落。この時の忍の行動は凄まじかった。表の捜査機関である警察の力を利用すると同時に、現役の泡姫として日頃付き合いのある裏の社会、すなはち、やくざの情報力をトコトン利用した。自らもまた時間の許す限り街の隅から隅まで探し回る。その姿には鬼気迫るものがあった。
“僅かな手がかりだけでも”
そんな忍の願いもむなしく、百合香の消息は杳として知れず、暦はむなしく変っていった。
喜びも賑わいも何一つ訪れてこない我が家の正月であった。
大晦日・・・何かを必死に堪え、正月の支度を済ませて忍は大晦日の夜の街へ仕事に出かけた。家でじっとしている事が出来なかったのだ。毎年続いていた山陰への初詣が始めて途絶えた。
正月の三が日、忍は家に帰ってこなかった。忍は正月の酔客の相手をしながら夜を過ごし、夜が明ければただ一人で百合香の姿を追い、街を歩き回っていたのである。
三が日が明けて家に戻ってきた忍は丸一日、死んだように眠りこけていた。
何の進展も見せず、やがて桜の季節を迎え、下の娘の眞心は東京の専門学校へと旅立って行った。