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マンブル
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マンブル-1

「詩希(しき)!」
いつもの土手にある公園に行くと、いつもと同じ噴水が目の前にみえる木の下のベンチに彼女がいた。ダークブラウンの長い髪、薄茶色の瞳、詩希と呼ばれた少女は声の主を見る。キャップをかぶった青年は片手に紙袋をもち、満面の笑顔をみせながら息弾ませやってきた。
「よお、詩希。今日は天気がいいな」
ベンチにかけより、再び詩希に話し掛けた。彼女の顔をみて笑いかけ空いている隣を指差す。
「隣、座ってもいいか?」
詩希が頷いたのを確認すると、青年は慣れた雰囲気で隣に座った。ふと詩希の手元にあるスケッチブックとペンを見て顔がほころぶ。
「久しぶりだな、オレが来るの待ってたのか?」
ぴくっと詩希の指が反応したのを青年は気付かないフリをして言葉を続けた。
「ちょっと色々忙しくてさ、なかなかここにも来れなかったんだ。そのかわりと言ったらアレだけどさ、はいこれ。お土産。」
青年は手にしていた紙袋を詩希の目の前に差し出した。スケッチブックに置かれていた手をゆっくり紙袋に伸ばし手にする。中にはまだぬくもりを持ったメロンパンがひとつ入っていた。詩希は一度青年の顔を見る。するといつもの様に手で食べるように促した。それを合図に詩希はメロンパンを取出しかぶりつく。
「どうだ?うまいか?」
詩希は青年を見る事無く頷く。青年は誇らしげに微笑んだあと複雑そうな表情をした。詩希はその表情を雰囲気で感じとっていた。
「そのメロンパン、今までの中で一番の出来なんだ!詩希、メロンパンの時はちょっと嬉しそうに食べるだろ?詩希はメロンパンが好きなんだなぁって、オレめっちゃ練習したもん。今じゃ一番得意になってるな!パン職人としちゃまだまだひよっこだけど、詩希に作るメロンパンだけは誰にも負ける気はしねぇよ。」
青年の言葉を聞きながら詩希は黙々と食べ続けていた。次にくるであろう言葉を予測しながら。
「…あのな、詩希。オレ、店長の好意からさ…パリにブーランジェとしてもっと立派になれるように留学しにいくことになったんだ。」
詩希の動きは一瞬止まった。それは青年にも伝わった。目をあわせない二人の間に爽やかな風が吹く。青年は再び口を開く。
「パリに行くまでに詩希の声が聞いてみたかったんだけどな…。」
その言葉に詩希の手は強く反応しパンに指がくい込んでしまった。
「あ、ごめん!そんなつもりはなくて…ただつい…声というか、言葉が聞きたくて…ごめん。」
青年は俯き、詩希がパンを食べ終えるのを静かに目の端で確認した。詩希は俯く青年を見てスケッチブックとペンを手に取った。紙にペンがこすれる音が響く、やけに心地よい音にそれが詩希が放つ音だと気付くのに少し時間が経った。青年の前にスケッチブックが差し出される。
『いつ行くの?』
それは詩希が青年にむけた言葉だった。
「詩希…っ!」
少し動揺する青年の前に強く請求するように、もう一度突き出す。詩希の目は青年を見ていた。
「あ、もうすぐ…ていうか、二ヵ月先に。」
詩希の目が俯き、もう一度青年をとらえた。何かを言おうと口が少し開くが力なく閉まる。またペンが動く。
『いつまで?』
「まだ分からない、一年は確実だけど…」
『これから忙しくなる?』「…準備とかあるから、でも合間見つけて会いにくる。雨の日なら病院まで行くから。詩希…。」
二人の視線が重なった。青年の手が動こうとしたとき、先に詩希のペンが動いた。
『美味しかった。ありがとう』
「詩希…っ!」
詩希は青年の言葉をさえぎるようにスケッチブックとペンを押しつけ去っていった。


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