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悲しい深海魚
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U-1

 忍の元を訪れるようになって半年が経っていた。月に1、2度の訪問ではあったがそれが確実に私の精神(こころ)を回復させてくれていた。しかし依然風俗の女と客の関係、それ以上に発展する事はない。私が自分の仕事の事などを話すことはあっても、忍が自分の事を話すことは無かったし、私も敢えて聞こうとはしなかった。

 あの日、私はうまくいかぬ仕事に疲れていた。私の口から弱音とも泣き言ともつかぬ愚痴が出た。つい自分の離婚の経緯、失ってしまった家庭や子供への未練、そして今の心の苦しみを口にしてしまったのだ。

「子供達をバラバラにすることは出来なかった。かといって母親を恋しがる幼い子供達から妻を切り離すことも出来なかった。今の自分は子供達に何一つしてやることが出来ない。今子供達がどうしているか考え出すと気が狂いそうになる」

 今まであくまでもお客に対する態度しか示さなかった忍が始めて素の自分の顔を見せた。

「あんたがそこまで苦しむ事はないよ。それに親が思うほど子供は親の事なんか思っちゃいない」

 突き放すような鋭い口調であった。裸のままベッドの上で自分の足を抱き、忍は何かをじっと考え込んでいた。この日、私が帰るまで忍の顔に笑顔が浮かぶことは無かった。

 そんなことがあった次の来店日のことである。今まで他の女と遊んでもいいといっていた忍が、

「もし、私が急に休んで店にいない時は他の女と遊んじゃダメだよ。そんな時は私の妹分のユキを呼んでやって。店にもユキにもそういっておくから」

 忍の中の何かが変ったようである。


「申し訳ありません、今日忍は具合が悪いということで欠勤となっております。忍の方からユキをお付けするようにと連絡を受けておりますがいかがいたしましょうか」

 いつもの黒服が申し訳なさそうに聞いてきた。

「このまま帰るのもなんだからそうするよ」

 この日、私はこの店で初めて別の女の客となった。

「いらっしゃいませ、ユキです。お客様のことは忍姉さんからくれぐれも粗相のないようにとうけたまわっております」

 そういうと人懐っこい笑顔を見せた。忍よりずっと若い小太りの愛嬌のある女である。

 ユキの部屋は忍の部屋よりはずっと狭い部屋であった。この店は女が使う部屋が決まっているようであった。

「ごめんなさい、こんな狭い部屋で。私、姉さんみたいに指名多くないからこんな小さい部屋しか貰えないの」

 ペロッと舌を出してユキが言った。

「へー、忍はそんなに指名が多いのか?」

「あら、知らなかったんですか。忍姉さんはこの店のNO1。だから姉さんはこの店で一番いい部屋を持っているんですよ」

 うかつな話しではあるが、忍がこの店のNO1の泡姫であることをこの時始めて知った。


 寡黙な忍と違い、このユキという女はおしゃべりのようであった。浴槽の支度をしている間中一人で喋り続けていた。

 他の女を指名したことが無かったのでわからなかったが、忍とユキとでは浴槽の中でも、マットの上でも、そのテクニックは雲泥の差であった。

「へたくそでごめんなさいね。でもうちの店だけじゃなくても、この辺で姉さんに敵う女(こ)なんて誰一人いないんですよ。初めてのお客さんを忍姉さんを付けていたら、又必ず来てくれるから店も姉さんには全然頭が上がらないの。」

 私が始めてこの店を訪れたとき、この店の黒服は私の希望は一切聞かず忍を付けた。あの黒服は忍が絶対に私を失望させないことを確信して忍を付けたのである。仕事中、忍が私と食事に抜け出しても、黒服が文句ひとつ言わず送り出したことに初めて納得がいった

ベッドに移るとユキが私の横に潜り込んできた。やや筋肉質の忍とは異なりユキの体はマシュマロのような柔らかさである。

「今日はここまでにしとこ」

 私がユキを抱いても忍が怒ることは無いと判ってはいたが、どうにもユキを抱く気にはならなかった。

「お客さん、忍姉さんに操たてているんだ。私のお客さんなんか私に隠れてよその店に行ったり、他の女を指名したりする奴ばっかりなのに。悔しいけどちょっと姉さんがうらやましいな」

 ユキは真顔でそういった。

「それじゃ、時間までゆっくりお喋りしましょ」


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