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大陸各地の小さな話
【ファンタジー その他小説】

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深海魚の秘める願い事-1


 吸い込まれそうな青空が広がる、晴天の午後。
 エリアスはゼノ城の門前で、遠ざかっていく馬車を丁重に見送る。
 ていよく追い払われたストシェーダ貴族は、馬車の中で丸い顔にびっしり浮かんだ冷や汗をしきりに拭いていた。
 門が閉ざされるとすぐ、エリアスは銀色の文官用マントを優雅にひるがえす。
 一日は短く多忙であり、アホに付き合っている暇などない。
 ふと視線を上向けると、城の二階にある謁見部屋の窓に、緋色の髪が見えた。遠目にはっきり解らなくとも、アレシュはさぞ不機嫌な顔をしているだろう。

 ストシェーダ王都にて、アレシュとカティヤの婚礼式が開かれたのは、半月ほど前だ。
 プロポーズから十日もたたないうちに、婚礼の日がさっさか通達されるという素早さに、ジェラッド側の人間は唖然としていたが、もちろん理由がある。
 なにしろストシェーダの重臣たちは、以前からアレシュの結婚を待ち望んでいたのだ。
 本人も知らぬうちに式の準備など全てを整え、あとは嫁だけという気合の入れよう。
 一番唖然としていたのは、当のアレシュだったかもしれない。
 カティヤはアレシュの妃として、大歓迎された。
 魔眼を抑えるという体質もさながら、今の彼女はただの奴隷娘ではなく、ジェラッド国で人望厚い竜姫。しかも飛竜公国の公爵令嬢だ。
 ストシェーダ時期王の妃として、外交上からも実に好ましい存在である。
――――が、しかし。


 執務室に戻るべく、白い砂利道を歩きはじめたエリアスの傍らで、背の高い植え込みがガサガサ葉を揺らした。

「ひょっとして今のお方は、また例の件でいらっしゃいましたか?」

 緑葉の間から、カティヤがひょいと顔を突き出す。
 どうやら休憩中らしく、訓練用の槍を片手に武官服という軽装だ。
 小柄で可愛らしい顔立ちの彼女には、華やかなドレスもよく映えるが、軍装を見慣れていたせいか、こちらの方がしっくり似合うよう感じる。
 周囲にはちょうど人もおらず、エリアスは率直な報告をした。

「はい。ぜひ寵姫にと、ご自分のお嬢様を推薦くださいましたが、即座に追い返されました」

 カティヤを妃として歓迎はしたが、ストシェーダの貴族たちは婚礼直後から、こぞって自分の親族や娘を寵姫にと勧めだした。
 どこの国であっても、高い魔力を保ちつつ跡継ぎを確実につくるため、高位魔法使いは側室を何人も持つ。
 大抵はもっとも魔力の高い女性を正室とし、何年か経って子どもが出来なければ側室を取るという図式が一般的だが、この場合は逆だ。
 カティヤの持つ魔力は、以前として低い。
 よって貴族たちは、高い魔力を持つ自分の血縁者を側室にさせようと、必死なのだ。
 もし運良く子が授かれば、カティヤとアレシュの子どもよりも、魔力が高くなる……すなわち王位継承権も夢ではないという考えが透けて見えている。
 たった今帰った貴族もその一人だ。
 もちろんアレシュは歯牙にもかけず追い払うが、招かれざる客たちは、この先まだまだ来るだろう。

「そうでしたか……」

 槍の柄を軽く地面に付き、カティヤも謁見室の窓を見上げる。
 緋色の髪が、あわてて窓辺から遠ざかっていくのが見えた。
 その姿に、フフッと可笑しそうにカティヤが微笑む。

「アレシュさまが、あまり気に病まないと宜しいのですが……。寵姫を推薦する方がいらっしゃるたび、私が落ち込まないかひどく心配しているようなのです」

「……カティヤ様ご自身は、あまり気になさらないようですね」

 エリアスはつい、前々から感じていた疑問を口にした。
 以前、ごく短い間とはいえ、アレシュの元には兄王から推薦された寵姫が何人かいた。
 彼女たちはもう別所に嫁いでいるが、そういった情報ほど自然と耳に入るものだ。
 カティヤも知らないはずはないが、特に嫉妬する様子もなかった。
 もっともそれは過去の事で、カティヤの生死すら曖昧だった頃の話と、割り切っているのかもしれない。
 しかし不思議なことに、現在もこうして誰かが寵姫を差し出そうとしても、怒るのはアレシュの方で、カティヤはいたって平然としているのだ。

「王族ゆえ自由にできない部分があることも、存じております。ジェラッドでもそれは同じでした」

 ちょうど飛んできた瑠璃色の蝶を視線で追いながら、カティヤはポツリと呟いた。

「……数年の城勤めで、ユハ王やキーラ殿を間近で見ておりましたので」

 蝶はそのまま陽射しの中を飛び去っていき、カティヤは故国を思い起こすように、北側にそびえる山脈を遠く眺める。
 派手なローブの女錬金術師と、大きすぎる冠を被った小さな国王の姿が、エリアスの瞼にも浮かび上がった。

 キーラとユハが惹かれあっていることくらいは、ジェラッドに着いてすぐ察した。
 そして妙にキーラから気に入られ、べったり張り付かれた最後の数週間、個人的な顔を見せるユハとも会話する機会が何度かあった。
 元々キーラはユハよりも年上で、二人とも親に定められた別々の婚約者がいたそうだ。
 だが、あの外見になったことで、両者とも破談になったらしい。
 なんとなく嬉しそうにそれを語ったユハを思い出し、もしかしたら……と、エリアスは憶測する。 

 ユハが薬を被ったのは、故意ではなかったのだろかと。
 意外と腹黒な国王は、自身の姿と引き換えに、愛する女錬金術師を手に入れたのではないだろうか?
 今でも公的には、二人は決して結ばれない。
 しかし、キーラは生涯ユハに仕え続けるし、ヨランのような例外はともかく、特異外見の二人に、他の誰も割って入ろうとはしないだろう。
 もっとも真実は、エリアスにはあずかり知らぬ事だが。




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