イケナイ関係 side:カツラギタケシ-3
数分歩くといかがわしい雰囲気の店が並ぶエリアと、ちょっとしたラブホテル街にたどり着いた。
わりと新し目でキレイそうな外見のホテルを選んで中に入ると適当に部屋を選ぶ。
フロントで支払いを済ませて鍵を受け取り、エレベータに乗り込み扉が閉まった瞬間、彼女が抱きついてきた。
そっと抱きしめ返して彼女のつむじに口付け、狙い通りオレを見上げた彼女の唇を奪う。
「ん…」
一瞬で蕩けた目をするから、さらに欲情してしまう。
すぐに目的の階についてしまうから、なんとか自制心を保ってキスを止め、その代わりに柔らかい髪を撫でる。
「今、こんなサービスあるんですね」
まるでネコのように大人しく髪を撫でられていた彼女が、貼られたポスターを見てつぶやく。
それはコスプレのレンタル無料の案内で、メイドやらセーラー服やら事務服やらを着たねーちゃんの写真が並んでいた。
「粟飯原さんだったらメイド服が似合うかな?ネコ耳つきで」
「おかえりなさいませ、ご主人様♪みたいなカンジですか?」
元々声優のような声だと思うが、意識して出されるとさらに雰囲気が出て思わず感動する。
「いいねー。着てみる?」
「んー、メイド服だったらナース服着てみたいかも。実は憧れだったんですよね、ナース服」
「ナースね…」
ふと苦い記憶がよぎるが、彼女に罪はない。
オレの様子に彼女が首をかしげる。
「いいね。粟飯原さんのナース姿、見てみたい」
そう言うと彼女は満足そうに微笑んだ。
部屋に入りドアを閉めた瞬間、靴も脱がないままどちらからともなく抱き合い唇を重ねる。
「…ふふ」
唇を離すと彼女が笑う。
「どうしたの?」
「なんだかエッチ覚えたての頃みたいだなって」
「何?もうしたくなっちゃった?」
「ずるいです、耳元でそんなこと言うなんて。桂木さんはしたくないんですか?」
「…今すぐ押し倒したい」
そう言って抱きしめたのに、彼女はするりとオレの腕からすり抜ける。
「今日はまだダメです。コタローもサチもいないから焦らないで…ね?」
コタローはオレの家のオスのダックスで、サチは彼女の家のメスの豆柴だ。
2匹とも人懐っこく、お互いの飼い主よりも相手を気に入っているフシがある。
なかなか彼らに邪魔をされずに抱き合うのは至難の業。
「…そうだね。せっかくだし一緒にお風呂入ろう?」
彼女はちょっと困ったような顔をしたけれど、頷いてくれた。
靴を脱ぎ、部屋に上がってソファに並んで腰掛ける。
荷物を置いてスーツを脱ぎ、ハンガーにかけて風呂場に向かいさっとシャワーで浴槽を流してからお湯をはって戻ると彼女は備え付けの電話でどこかに連絡をしていた。
「あ、もしかして本当に頼んだの?」
「はい。こういう機会でもないとなかなか着るチャンスないじゃないですか」
「忘年会とかで着たらきっとものすごい反響あると思うよ」
「そっか、その手がありましたねって。もうっ。桂木さん以外の人に見て欲しくないです」
そう言って膨らませた彼女の頬にそっと口付ける。
「オレも見せたくないな」
そう言って髪を撫でる。
彼女の髪を撫でるのが好きだ。
そうしているうちにチャイムが鳴って、立ち上がろうとする彼女を制して自分が玄関へ向かう。
ドアの鍵を開けようとすると、隣にあった小さな扉が開き、そこから彼女のご所望のナース服がすっと入ってきた。
「どうする?お風呂に入ってからにする?」
「そうしましょっか。お好み焼きの臭いついちゃってますし」
毛先を少しつまんで嗅ぐ動作すらいとおしく思えるオレは重症だろう。
「あとから行きますね。桂木さんお先に」
できるものなら自分の手で彼女を裸にしてそのまま連れて行きたいと思うが、彼女に先に切り出されてしまったので大人しく従う。
ネクタイをほどき、シャツのボタンをはずしていると視線を感じる。
「どうしたの?」
「ん?なんかいいなって思って」
「何が?」
「桂木さんがネクタイほどいたり、シャツのボタンはずしたりするところ」
男の人ではなく、オレがと言ってくれる。
彼女はオレを喜ばすツボを心得ていて、時々こうやって持ち上げてくれる。
うぬぼれたくなってしまうではないか。
「こんなくたびれたオジサンの脱ぐところなんてどこがいいんだか」
自嘲気味に笑うオレの言葉をすぐに彼女が否定する。
「やだ。桂木さんはオジサンなんかじゃないですよ?それに桂木さんがオジサンだったら私もオバサンじゃないですか」
「粟飯原さんはまだアラサーじゃないですか。それに30には見えないし。まだセーラー服着てもイケるんじゃない?」
「えー、いくらなんでも無理がありますよ。桂木さんはナース服よりセーラー服のほうがお好みですか?」
「いやいや。さすがにジョシコーセーには欲情しませんって。したら犯罪だし。でも粟飯原さんの女子高生時代は見てみたかったかも」
そう、歳が近いといっても8つも離れているのだ。
彼女が入社してくるまではオレが最年少だったとはいえ。
どんだけ平均年齢高いんだ、ウチの職場。
「私も桂木さんの学ラン姿見たかったな」
「イケてない芸人レベルだから勘弁してください」
「うっそだぁ。桂木さんモテたでしょー?」
「そんなことありませんよ。さ、オジサンは先入ってますよ」
逃げるようにバスルームへ移動した。
高校時代、か。
頭から熱いシャワーを浴びて、雑念を振り払う。
彼女の髪にお好み焼きの臭いがついているってことは、オレもだ。
念入りにシャンプーをして、身体を洗う。
帰ったらコタローにしつこいくらい臭いを嗅がれることになるだとうと思いながら。