ROW and ROW-9
「男だけじゃないわ。女だってそう…」
「里村さん…」
「島岡さん…私でよければ、抱いてください…」
言葉はとつとつとしていたが、芯に意思が感じられた。
「里村さん…」
「いいんですよ…」
唐突なことなのに、なぜ?…という疑問は不思議に起こらなかった。
立ち上がって理絵子を抱き寄せた。
「ああ…」
理絵子の体の力が抜けて足元が崩れかけ、彼は抱きかかえてベッドへ倒れ込んだ。
「里村さん」
「抱いて、いっぱい抱いて。私、ずっと人形だったの。人形だったんです」
訴えるような瞳、息遣いは乱れ、すでに快楽の道を突き進み始めているようだった。
彼女は自ら腰を浮かせてスカートを半回転させ、ホックを外すとパンティもろとも脱ぎ捨てた。
(早く!)
口に出して言ったわけではないが切迫した目が叫んでいた。これほど突然乱れるとは。…
勢いに押されて、やや乱暴にシャツをはだけ、ブラジャーを捲って乳房に吸いついた。
「うふーん…」
甘い鼻声と同時に胸がせり上がる。乳首を舐めるとさらに火がついた。
「入れて!入れて!」
理性は吹き飛んでいる。積り積もった欲情のマグマが一気に噴き上がったのか。
開脚した足をさらに上げて股間を擦りつけてくる。見ると割れ目はぱっくりと内部の肉襞から土手まで濡れ光っていた。手を伸ばして彼のベルトをぐんぐん引っ張って、早く、とせがんでくる。
どれだけ『日照り』が続いていたものか。堰を切った肉欲に、もはや体は制御不能となり、ただただ貫かれることを望んでもだえていた。
にじり寄っただけで気配を感じたのか体が強張って身がまえた。
先を押し当て、
「あっあっ」
ぬっと割る。
「いいっ、いいっ」
折り重なるより早く理絵子が腰を上げて亀頭が呑まれた。
「ひっ!」
ぐいっと潜って完全に納まった。
「あううう!」
理絵子は踏ん張って締めつけてくる。そしてペニスを奥へ奥へと引き込んでいく。
(柔らかい…これが女だ…)
まとわりつく腟壁の感触。ぬめりとの協演。
(ああ…理絵子…気持ちがいい…)
島岡は性急に突いた。
「あう!あう!」
乱れに乱れる理絵子。身を震わせて、あっという間に昇っていった。
「イクゥ!」
島岡も後を追った。
腟からの快感だけではない。密着した生きている理絵子の体、その温もり、うごめき。それらがすべて心地よさであり刺激であった。迸りは命を伝え、理絵子は絡めた腕に絶頂の振動を伝えてきた。
放った感覚が新鮮であった。力強い噴出感が快感につながっていった。もうずいぶん前からとろりと洩れ出るような勢いのない射精ばかりだったのだ。年齢を考えれば仕方のないことなのだろう。あらゆる筋肉はおとろえ、機能はとっくに終末に差しかかっている。それがこの時勢いの片鱗がよみがえった。島岡は理絵子と溶け合うように愛撫をつづけた。
不思議な一夜であった。二人は何の取り決めも確認し合うこともなく、まるで夫婦のように過ごした。
理絵子は持ってきたエプロンを着けると用意してきた食材で料理を作り始めた。テーブルでその姿を眺める島岡もそれを自然なこととして受けいれていた。
「ちょっと飲んでてね。すぐ作るから」
ビールとおつまみのチーズを置く理絵子に頷くと笑みが返ってくる。
(理絵子…)
甘く香ばしいにおい。……何か炒める食欲をそそる音。……
「今夜は何だ?」
「メバルの煮つけと茄子の中華風炒め」
「いいにおいだな」
「味はわからないわよ」
振り向いた理絵子の目が生き生きと笑っている。
風呂のブザーが鳴って、人形を思い出した。島岡は専用のカバーを持って風呂場に向かった。理絵子は何も言わない。
袋に納めた『智子』をかかえた島岡は、キッチンの横で立ち止った。
「これ、片づける…」
理絵子は目を向けずに小さくうなずいた。
「ありがとう…」
その言葉は島岡の心に愛の表現として響いた。
人形を片づける……理絵子は深い意味もなく手間に対して労ったのだろうか。そうではあるまい。人形は妻であり、少なくともその代用なのだ。すでに肌を合わせて一体となった今、それを片づけたことで理絵子に向き合う気持ちを示したと彼女は受け取ったのだろう。彼はそう思い、信じたかった。人形は納戸の中に仕舞った。
食後、風呂につかっていると理絵子が入ってきた。それも自然に思えた。来るものと思って待っていた。
彼女の体がゆっくり沈んで湯が溢れ出る。狭い湯船なので体を密着させることになる。理絵子は対面して脚を開き、座位の形で島岡の胡坐に乗った。ペニスが嵌りそうになって上に逸らせると理絵子はいたずらっぽく笑って恥骨を押しつけてきた。
目の前に揺れる乳房。抱き締めて湯の浮力に体を任せると舟に乗っている心地になってきた。
「いい気持ち…」
理絵子はやさしく彼の頭をかかえて言った。
(ああ…生きている体だ…)
彼女の背をさすり、尻を揉み、その感触に酔いしれた。
「入れていい?」
理絵子が言った。
「うん…」
腰を上げて後ろ手にペニスを導く。
「まだ駄目かも…」
「だいじょうぶ…」
芯のない状態のまま理絵子は難なく納めた。途端に硬度が増した。
湯船での結合は初めてである。
「ああ…」
「ああ…」
二人の吐息が重なって響いた。
女は舟のようだ。……ふと思った。
「舟に揺られてるみたいだ…」
「いい気持ち…ほんとに、舟みたい……」
女は舟だ……。
湯気が満ちてきた。結ばれている男と女が互いに呼応している。
(お互いが舟なのかもしれない…)
二人が代わる代わる舟になり、また、それぞれた漂う水になる。そして一緒に漕ぐのだ。
ROW and ROW…ROW and ROW……。
(了)