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『詠子の恋』
【スポーツ 官能小説】

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『詠子の恋』-1

スピンオフ・ガールズ・ストーリー
『詠子の恋』




「え?」
 親友である真壁桃子の一言に、詠子(よみこ)は、明らかに動揺した様子を見せた。
「だからさあ、あんた今、“コイ”してるんだってば」
「コイ? コイって、あれ? 滝を登ると、竜になるという…」
「…ベタすぎて、突っ込む気にもなりませんわ」
 ちなみに、詠子の答は“鯉”である。そして、それは、桃子の言いたい答ではない。
「あんたが野球好きだなんて、あたし全然知らなかったし」
「………」
 桃子は、いつのまにか、詠子の手に収まっている“3日でわかる野球ルール・ハンドブック”なるものを見て、とある確信を抱いていたのだ。
「気になる人が、野球をしている人なんだって、すぐにわかるわよ」
 桃子は溜息をひとつ挟んで、もう一度、言いたいことを言い直した。
「あんた今、確実に“恋”してるよ」
「!」
 これまで数多に読みふけってきた小説群の中で、登場人物たちが“恋”をする情景は何度も活字で追ってきた。だが、それがまさか、自分の身にも降りかかろう事など、想像もしていなかっただけに、詠子はどうしても、桃子が看破した自分の感情が信じられなかった。
「歴史と本が恋人って、公言して憚らなかったあんたがねぇ……」
 信じられないものを見ている気分なのは、桃子も同様である。今は通う大学こそ違うが、同級生だった高校時代のすべてを、同じクラスの隣り合う席で過ごして来た事もあり、詠子とは気がつけば気のおけない友達になっていた。
 だから、男の気配を全く感じさせなかった詠子が、大学3回生の新年度の春を迎えるや、こうやって“恋する乙女”になっているというのは、桃子にとってはやはり、どうにも信じがたいことであった。
「さて…」
 桃子は、ライム・ハイの缶を開けて、空いていたグラスに注ぎこむ。やにわ、それを、半分ぐらいまで一気に飲み下すと、豪快な一息をついてから、詠子に話の照準を合わせた。
「夜は、長いわよ」
「………」
 親友の桃子を、こうやって久しぶりに部屋に迎えて、夜通しの思い出話に花を咲かせるつもりが、思いがけなくも、得意ではない“恋バナ”に摩り替えられてしまった。
(ふ、不覚……)
 愛読している剣戟小説の、とある台詞を思い浮かべる、文学女子の詠子であった。


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