満月の黒猫-1
＊浅田悠平＊
彼女…栗原沙織を初めて見たときから彼女のすべてが欲しいと思った。こんな気持ちは初めてだった。
艶やかで長い美しい黒髪、白い肌、細い手足、すっと通った鼻筋、少しきつめだけれど澄んだ真っ黒の瞳、日本人形のように
その容姿は洗練され、他のどんな女よりも美しいと思った。実際、彼女に好意をよせる男は多かったが、すべて玉砕したという。
彼女への俺の思いを言葉にするのは難しいが、喩えるならば新雪に足跡を付けたくなるような、そんな感じ。美しい花を自分以
外見るもののいないように折り取って持って行きたくなるような、そんな感じ。
でもそんなこと、叶うはずないだろうから。
＊栗原沙織＊
浅田悠平の第一印象「何だコイツ。」
転校してきたその日、自己紹介の最中のことだ。目の前の男が自分にガンつけている。しかも担任が指定した席はそいつの隣だった。
転校初日から気分が悪い。
…しかし隣の男、なかなかいかした奴ではあった。少し長めの黒い髪、長い睫毛、高い鼻、しかし何よりもその目が私を惹きつけて
離さなかった。触れば切れそうで、それでいて美しくて。しかも話してみると意外と面白いし、人への気遣いに溢れた人間であった。
一目惚れなんて有り得ないと思っていた。そんなことろくでもない事だと思っていた。
でも。
でも私はそいつに 惚れて しまっていた。
転校してから半年ほどたった十月中旬、高校三年の私たちは修学旅行という一大イベントを迎えることとなった。唯でさえ落ち着きのない
クラスメイトたちがますます騒ぎ出す中、その日は来た。
＊夜＊
「沙織さ、夜、会えないかな。」
悠平とは時がたつにつれ誰よりも心を許せる存在となっていた。私自身がもともと女友達を作ることが苦手で、何人か友達はできたものの、
悠平といる時間のほうがはるかに楽しかった。もちろん、悠平と一緒にいたい、という気持ちがあったのも事実なのだが。クラスの中では私たちが
付き合っていることになっており、女子たちからの嫌がらせも少なくはなかったが、そんなことどうでもいいことだった。
「いいよ」
反射的に口がそう告げる。
真夜中、宿泊所のすぐ隣の海辺へ。胸が高鳴った。
何故だか満月が親しげに微笑んでいる気さえ、した。
自分が信じられなかった。何故彼女にあんなことを言ってしまったんだろう。何度帰ろうと思ったことか。彼女がやって来たとして、自分は何をしゃべり、
何をするだろうか。誘いを承諾した沙織の顔が目に浮かんだ。承諾した、ということは少しは期待してもいいのだろうか。沙織は少し驚いた顔をして、
それでもしっかりと返事をしてくれた。「いいよ」と。
砂を踏む音が聞こえた。
自分は彼女になにをするだろう？
ただ取り留めの無い話をするだろうか、告白するだろうか、それとも…