〈冷笑〉-2
『しかしよぉ、俺は春奈を連れていくって言っちまってんだぞ?別の女を連れていって値切られたらマズいだろ?とっとと春奈を拉致って運んでしまえば……』
専務からすれば、獲物となる女は商品そのもので、買い手の期待に応えるのも“責任”なのだ。
アレが駄目だからコレにした。では商売人失格だ。
『いや、駄目だ。アイツは他の女刑事にも麻里子や美津紀の事を言うかもしれない。アイツから消さないと駄目だ』
どうやら瑠璃子は、御祖父様の守秘義務の命令を破り、あちこちの刑事達に麻里子達の事を聞いて回っているようだ。
エスカレーター式に警視正にまで昇ったお嬢様の世間知らずに、八代は少し“迷惑”しているようだ。
『活動的な馬鹿ほど怖いものは無い……誰かの台詞だったな』
『……その馬鹿の中には俺も含まれるのかあ?』
不穏な空気が漂い始めたが、八代の協力がなければ狩りは成立しない。
専務は渋々それを承諾するしかなかった。
『そう腐るな。ほら、コイツなら春奈の代わりも勤まるだろ?』
八代が胸のポケットから取り出した写真には、専務をたちまち笑顔にさせる美しい女性が写っていた。
『上村架純って女だ。瑠璃子と高校からの同級生だ。ソイツを手土産にしたら、向こうも満足するだろ?』
専務は立ち上がって八代の傍まで行き、満面の笑みで握手を求めた。
二重瞼でスッと伸びた瞳。鼻筋は通り、口角の上がった薄い唇は幼くも見え、控え目に茶色に輝くセミロングの髪はキラキラと美しい。
これなら春奈に劣るとも思えないし、代用品だとしてもサロトも納得だろう。
『俺は瑠璃子と行動を同じくするように動く。狩るまで少し時間をくれ。その間に架純って女の行動でも調べてろ』
専務が架純の写真を手に取ると、裏側には住所が丁寧に記されていた。
これなら狩りは容易いものになる。
『じゃ、今から瑠璃子のケータイに電話するかな?』
八代は事務所を後にすると、黒塗りのセダンに乗り込んで携帯電話を掛けた。
既に標的として選ばれた事を知らぬ女刑事は、姉妹を売った裏切り者からの電話に安堵の声をあげていた。
それは正に地獄へと誘う(いざなう)悪魔の囁き………。