〈冷笑〉-10
『……分からない?お前も麻里子みたいに海外に売り飛ばされんだよ。ま、女の“使い道”は一つしか無いから、どんな生活になるかは分かるよな?』
「……う、嘘……でたらめ言わないで……」
瑠璃子の視界はグニャリと曲がり、まだ信じられない八代の言葉に思考は追いつかない。
美津紀と文乃が最初に売られ、次は麻里子までも?
八代があの犯罪者と手を組み、騙し討ちにあわせたとしたなら、麻里子が消えたのも納得出来る……瑠璃子の形相は見る間に変わり、まるで般若の如く目を吊り上げて八代に向かっていった。
「お姉さんをッ!!わ、私も騙して……ッ!!!」
八代の正体を知り、瑠璃子は狂ったように喚き散らした。
だが、専務の部下が瑠璃子の手枷を掴んで床に組み伏せ、馬乗りになって突進を防ぐと、もう瑠璃子にはなす術がなかった。
『その檻の中の女、見た事あるだろ?』
瑠璃子は反狂乱の眼差しのまま、檻の中に視線を移した。
手枷を嵌められ蹲る女性は、高校の時の同級生、上村架純だ。
「る…ルリ……助けて……」
「か、架純ちゃん…?私の……私の友達まで…!!!」
赤く腫れた目は、きっと捕らえられてからずっと泣いていたからだろう。
拉致され、檻に閉じ込められ、監禁されていた恐怖は筆舌に尽くしがたいだろう。
いくら二十歳にもなったといえど、犯罪に巻き込まれて平然とはいられまい。
『お前らの行く国は、暖かくて空も海も綺麗らしいぜ?あまり暮らしぶりが良いもんだから“誰も帰ってこない”くらいだ』
「や、八代ぉ!!お前だけは許さない!!逃げるなあ!!!」
八代は藻掻く瑠璃子の直ぐ横を通り、汚い物でも見るかのように見下ろしてきた。
瑠璃子も負けじと睨み返すが、殆ど効果は見られなかった。
『そうそう、あの麻里子が特殊処理班に入れるだけ優秀だと思ったのか?あんまり警察官って職業を嘗めない方がイイぜ……無能な牝犬ちゃんよォ』
「う…煩いぃッ!!お前なんか……お前なんかぁ!!!」
ガチャンと扉が閉まり、八代の姿は消えた。
部屋には色欲に塗れた獣達と、捕らえられた獲物のみ。
しばらくすると錨を吊す鎖が巻かれる音が聞こえ、エンジンは唸りを上げる。
床がゆらりと揺れたのは、貨物船が離岸した証拠だ。
(私……私……こんな………)
姉や妹を売り飛ばした男に惹かれ、肉体までも捧げた……騙された自分を恥じ、見抜けなかった眼力を悔いたとしても、もはや手遅れ……たかが一人の男に伸し掛かられただけで身動きすらとれない自分に、いったい何が出来るというのか……金髪の男が歩みを進め、自分を無視して架純へと近付く……己の後悔などに費やす時間的な余裕は残されてはいない……。
《終り》