いやいやお薬-3
「はい、終わった」
あっさりと離された腰が、ポフンとシーツに落ちた。
「早く元気になって欲しかったんだけど……無理やりして、ごめん」
心底すまそうな顔のルーディが、濡れタオルで身体を拭ってくれる。
ぐったりして言葉を紡ぐ気力もないまま、ラヴィはゆるゆると頭を振った。首を少し傾け、大きな手にほお擦りする。
ゆっくり髪を撫でられ、眠気とだるさに逆らわず、そのまま目を閉じた。
薬が効いてきたのだろうか。体中を蝕んでいた寒気が徐々に納まり、じんわりと暖かくなっていく。
狼に変身したルーディが、ラヴィに寄り添い身体を横たえる。
ふかふかの毛皮と高い体温、喉奥からわずかに聞えるぐるるという低音も、全てが心地よくて、眠りに落ちるのはあっという間だった。
――翌朝。
眼が覚めると、ラヴィの熱はすっかり下がっていた。
そして……
「人狼は雪山を走り回って過ごしてるんだ。風邪なんかひいたことないよ」
横で起き上がり、へらへら笑って見せるルーディは、あきらかに不自然な赤い顔をしていた。
「ルーディ、じっとして」
手を伸ばし、往生際が悪い人狼の顔を引き寄せる。額をあわせると、やっぱり熱い。
昨日、あんなことをしたから伝染ったのだ。
「ほら、すごい熱」
「大丈夫だって……」
「ルーディも薬が必要みたいね?」
にっこり笑い、サードテーブルに乗ったままの薬瓶を指差す。
ルーディは琥珀色の瞳を一瞬丸くし、脳内シュミレーションを完了させたらしい。
「い、いや……俺、苦い薬も平気だから……調合してくる……」
「その状態で薬の調合なんか無理よ」
風邪を引いたことがないということは、あの薬だって自分で使ったことは無いのだろう。
いざその立場に立って、初めてわかる気分を思い知ったようだ。
「ね?貴重な経験じゃない。どうしてこれが、大人にいまいち不評なのか、体験できるでしょ」
「ラヴィ……もしかして、すっごく怒ってる……?」
冷や汗を流して後ずさるルーディが可愛くて、ラヴィは薬瓶を手にもったまま、フフフと笑う。
「――っ!!」
ルーディは熱で赤かった顔を青ざめさせ、再び狼に変身してクルンと丸まってしまった。
ふさふさの尻尾をしっかり後ろ足の合間に挟んでガードし、耳はヘニョンと垂れてしまっている。
強くて頼りがいのある人狼青年は、こういった愛くるしい姿を時たま見せてくれる。
十分満足し、ラヴィは薬瓶を置いて手早く着替えを済ませた。
まだ丸まっている狼の毛皮をそっと撫で、囁く。
「少し待っててね。甘くて美味しいお薬を作ってくるわ」
田舎で暮らしていた頃、屋敷の料理人から教えてもらったものだ。
養母はラヴィの作ったものをすっかり気に入り、風邪を引くといつもこれを作ってくれと頼まれた。
――静かに部屋を出たラヴィは、とっておきの風邪薬……卵酒を作りに台所に降りていった。
終