春-7
やっぱりあれは、わざとだったんだ。
「で、土橋の前で桃子ちゃんと仲良くしてみて、土橋がどんな様子なのかを同じクラスだった江里子に探ってもらってたんだ」
土橋くんはじろりと江里子を見るけれど、そんなのどこ吹く風といった様子で、彼女はクスクス笑いながら、
「土橋くんってすぐに顔に出るのよ。めちゃくちゃ機嫌悪そうにふてくされてたわ。
土橋くんって怖いイメージあったけど、やきもちやきな所を発見してからはなんか可愛く見えてきてね。いつも面白おかしく観察してたの」
と、私の腕を小突いてきた。
おとなしくて土橋くんみたいなタイプを怖がる江里子の姿はそこにはなく、歩仁内くんと二人してニヤニヤしてるのが意外だった。
土橋くんはそんな江里子にたじろいで、何も言えずに歯噛みして悔しがるだけ。
「まあ、それで土橋の気持ちはなんとなくわかったんだけど、そっからどうすればいいのかわからなくてさ。
まさか彼女と別れて桃子ちゃんと付き合え、なんて言えないだろ? 結局土橋の目の入る所でわざと桃子ちゃんと仲良くして、土橋のことを煽るくらいしかできなかったんだよな。
まあ、桃子ちゃんに協力するって名目で、江里子とも仲良くなれたし、おれにとっては好都合だったんだけど……結局その後どう動くかは全然決めてなかったから、行き当たりばったりな作戦を立ててしまって、実は困ってたんだ」
私達はすっかり黙り込んだ。
私のことを好きだという演技をしていた歩仁内くんは、悪気はなく、むしろ私のためにしてくれたことだとわかり嫌な気持ちは消え去ったけど、また新たな不安が生まれた。
ーーそれは。
チラッと横目で土橋くんを見ると、不機嫌モード全開といった顔で、歩仁内くんを冷ややかに睨みつけている。
ヤバいかも……。
私はチラリと沙織に目配せすると、彼女も口パクで「ヤバいよね」と言った。
張り詰めた空気を察していたのはどうやら私と沙織だけで、歩仁内くんと江里子はキャッキャッと無邪気に笑い合っている。
……もう、サッサと予鈴が鳴って始業式が始まればいいのに。
私はこの張り詰めた空間からどうやって逃げ出すかだけを考えていた、その時だった。