36 咎人の償い-1
ゼノから塩の道をひたすら進めば、紺碧の海に突き当たる。
街道の名に由来するとおり、そこは塩の一大産地だ。
近くの山からは良質な岩塩が多量に取れ、海辺の漁村では海水から天日で塩を作る。
一年を通して太陽が輝き、春先にはもう泳げるほど暖かい。
大地では南国のフルーツがたわわに実り、漁をすれば大きな魚やエビを気前よく海から恵まれる。王都の華やかな生活に疲れ、この地でのんびり隠居を望む魔法使いも多い。
ただし、塩の道を旅するなら、付近の密林から沸くリザードマンに注意しなければならない。
よく晴れた昼さがりだった。
村人達は漁に精を出しながら、先月おきた、遠いジェラッドでの大騒動や、『塩の花嫁』の噂話に花をさかせていた。
この遠い田舎村では、情報の入りも遅いのだ。
眩しい太陽が紺碧の海に煌き、人々は日焼けした額に浮かぶ汗をぬぐって、ときおりヤシの葉の影で一息入れる。
のどかで平穏な日常。
それを揺るがしたのは、突然沸き起こった凄まじい地鳴りだった。
大地が激しく揺れ、はるか沖で轟音とともに、巨大な水柱が吹き上がる。
海岸にいた人々の目は、全てそこに釘付けされた。
吹き上がる水柱に乗り、高々と空へ身を躍らせたのは、巨大なドラゴンだった。十数メートルはあるだろう体躯は、全身が青銀の鱗に覆われ、背中には二枚の逞しい翼。
色こそ違うが、噂に聞いた飛竜バンツァーを思わせる姿に、人々は声をあげることも忘れ、ひたすら見入る。
ドラゴンの周囲には、無数のホタルのような光りが伴い、一瞬のち弾け飛ぶように四散していった。
ポカンと眺める人々の頭上を、ドラゴンは凄まじい速さで飛んでいく。
風圧でヤシの木がしなり、ビシャリと海岸に水しぶきがかかった。砂を濡らしたそれは、真っ赤な色をしていた。
鮮血の飛沫を散らしながら、ドラゴンはあっというまに湿地帯の方角へと飛び去った。
まるで何かから必死で逃げるように。
遅れて押し寄せてきた激しい波に、小船が何艘か転覆したが、隠居していた高位魔法使いたちが全て助け、事なきを得た。
海はそれきり、何事もなかったように穏やかさを取り戻していた……。
少なくとも、表面上は。