35 おうじさまのくれたもの *性描写-2
……薄暗い室内は、ストシェーダ王城の一角。
どうしてアレシュと離れて、遠い場所にやられるのか、理由はなにも知らされなかった。
ただカティヤのためだと言われ、出発まで大人しくしているようにと、夜中の暗い室内に、一人で取り残された。
寂しくて不安で、渡されたペンダントを持ってすすり泣いていると、マウリが来た。
いつも威圧的な怖い大臣は、うってかわった優しい仕草でなだめてくれた。
『かわいそうに、哀れな子だ』くりかえし、そう囁いた。
『……どうしてですか?』
アレシュの魔力を吸い取れると判明してから、奴隷として働いていたカティヤの境遇は一変した。
ふかふかのお布団、美味しい食事、綺麗なお洋服ももらえた。
水汲みも畑仕事もしなくていい。
ただアレシュの傍にいるだけで、全てが与えられた。
【幸せな子】そう呼ばれた。
なんの努力もせず、たまたま王子に気に入られた、幸運な子だと呼ばれた。
マウリの薄い唇が歪み、カティヤを眺め降ろす。
『王子や国王夫妻たちは、本当はお前が邪魔なのだ。つまらない蛮族など、王家の恥だと思っている。お前が好きなら、どうして王宮から追い出す?』
そんなの嘘だ。と言いたかったが、臆病だった幼いカティヤは、何も言えなかった。
『王子と国王夫妻は、このままお前を殺すよう、わたしに命じた』
魔法灯火がマウリの帯剣を照らし出し、カティヤはとっさに椅子から飛びおりて逃げようとした。
その手をあっさり捕まえ、マウリは尚も囁く。
『心配しなくていい。わたしは味方だ。かわいそうなお前を、助けてやろう』
ゴブレットに満たされた。不気味な紫色の液体を突きつけられる。
『さぁ、アレシュさまの事も、ストシェーダの事も、全て忘れるよう念じて、この薬を飲みなさい。
そうすれば王子たちに内緒で遠い国に連れていき、幸せな家族をあげよう』
――くれる?おとうさんや、おかあさんを?
ゴクリ、と喉が鳴った。
おうじさまには、おうさまとおうひさまがいて、ずっと羨ましかった。
カティヤはなんにも持っていなくて……お城ではたらく人たちは、おうじさまが飽きたら、あの子なんかすぐ捨てられるって、こっそり言ってるのに……。
それでも、差しだざれた液体を取ろうとして、いっしゅん躊躇った。
この部屋に来る前、どんなに遠くに行っても絶対忘れないと、おうじさまに約束した。
うそつきになるのは嫌だ。
それに……
『おうじさまは……カティヤといっしょにいたいって……いってくれました』
勇気を振り絞り、恐る恐る小声で呟いた。
『アレシュ王子は我が侭なだけだ。お前から友達をとりあげ、独りぼっちにして苛めて楽しんでいる。お前が庭に出るのさえ、邪魔するだろう?』
囁き声が、じわじわと浸透していく。
カティヤの身体にしみこみ、そっと手をとりゴブレットを握らせる。
――おうじさまは、ときどきイジワルだ。
おそとにいこうとすると、じゃまするし、ほかの人とおはなししたら、おこった。
それでも……カティヤをだいすきっていってくれたから……カティヤもおうじさまがすきだったのに……。
うそつき!!おうじさまのうそつき!!!!