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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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35 おうじさまのくれたもの *性描写-3

――夢から覚めたように、カティヤは鮮明すぎる記憶から開放され、呆然と呟く。

「え、エリアスさま……わたし……わたしは……」

 薬を飲んだ。
 アレシュの事も、ストシェーダの事も全て忘れたいと願って。
 全身がガクガク震え、立っていられなくなったカティヤを、エリアスが椅子へ座らせた。

「この薬は解毒薬がありませんが、作るのがとても難しいのです。
 失敗作は効き目が薄く、何年も経ってから同じような経験をするたび、当時の記憶が鮮明に少しずつ戻ってきます」

「あ……だから、エリアスさまは、魔眼暴走を見せたり……」

「ええ。あの時に、カティヤさまは忘却薬を飲まれたと確信いたしました」

 ほっそりした指で、エリアスはゴブレットの横をそっとなぞる。

「ストシェーダ王都からゼノまでならゲートで一瞬ですが、ガルチーニ山脈まではそうもいきません。
 旅の間、万一のためにと記憶を奪っていたのでしょうね」

「エリアスさま……わたしは……」

 震えが治まらず、テーブルに突っ伏して罪を告白した。

「アレシュさまを、信じなかった……」

 誰よりもカティヤを求めていたアレシュを信じず、たった数言の甘言に乗せられ、裏切った。
 薬を飲んだあと、眼が覚めたら知らない馬車で男の人と一緒にいた。
 奴隷市場でお前を買ったと、男はそれだけ言い、一切口を聞くなと言われた。
 市場で売られていたのは、ずっと前の事のような気がしたが、怖くて黙っていた。
 そのまま何週間も馬車に乗り続け、険しい山岳地帯にくると馬車を降り、粉薬を飲むよう命令された。
 どうやら眠り薬だったらしく、次に気付いた時は飛竜の里で、養父母となる人たちに看病されていた。
 皮肉な事に、マウリは自分でも知らぬまま、約束を果たしたのだ。

「……カティヤさま」

 降り注いだ穏やかな声に、思わず顔をあげると、紺碧の瞳は優しい色をしていた。

「わたくしは今まで、様々な国籍や身分の人間に会いました。ですが、一度も罪や過ちを犯した事のない人間にだけは、お目にかかった事がございません」

 ふわりと、エリアスは柔らかい笑みを浮かべる。
 魔眼暴走を起こしたアレシュの元に行くよう言った時と同じ、励まし勇気づけるような笑みだった。
 どこか冷たい印象の人なのに、アレシュが信用する理由がわかった気がする。

「これは、わたくしが作った忘却薬です。完璧に調合いたしましたので、これを飲んで忘れたことは、二度と思い出すことはございません」

 テーブルの上の薬へ視線をやり、エリアスは静かに話す。

「未来に支障をきたすのなら、辛い体験を無理に覚えている必要もないと、わたくしは思います」

 エリアスの言いたいことがわかり、カティヤは息を飲む。
 薬をわざわざ作ったのは、カティヤの罪を糾弾するためなどではない。
 これを飲んで、陵辱されたことを忘れてしまえと言っているのだ。

「……」

 今度は紫の魔法薬が、とても優しい誘惑の色に見える。
 あの日の出来事を、すっかり忘れてしまえれば、全て上手くいく。忘れたいと、何度願った事か!
 震える指をゴブレットに伸ばす。
 これさえ飲めば……あの日の出来事を、辛いだけのことなど、全て忘れてしまえば……

「エリアスさま…………飲めません」

 盆を押し戻した。

「あれは、ナハトと出会った日なのです……力の無い者を助けられるよう、竜騎士になりたいと思った日なのです……」

 力のある者が、ないものを踏みにじる姿に、激しい怒りを覚えた。
 悲しそうに鳴く飛竜の子どもを助けたいと、飛び出してあっさり負けた。
 もっともっと力がほしい……誰よりも強い騎士になって、あんな悪いやつらを全部なくしたい。
 起き上がってすぐ、兄にそう訴えると、槍や身体の鍛え方を教えてくれた。

『だがな、力はむやみに振るうなよ』
 
 騎士団の休暇から帰ってきていたベルンは、厳しい顔で念を押した。

『あるのに使わないのは、なくて使えないより難しい。戦いと暴力は違うんだからな』

――死ぬまで消えない、辛くて酷い傷跡だけれど、これを忘れたら、カティヤの今までもこれからも、全てが変わってしまう。
 踏みにじられた悔しさを知ったのも、誰かを守りたいと思った理由も、あの素晴らしい飛竜との出会いも全て、この傷に繋がっているのだから。

「やはり、余計なお節介でした。失礼いたしました」

 エリアスが盆を取り上げる。
 好意を無にされ腹を立てているどころか、とても満足そうな表情をしていた。

「――カティヤさま?お時間です」

 扉がノックされ、侍女が姿を現す。
 盆を持ったエリアスは、優雅に一礼してスルリと退室した。




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