戸惑い〜始まりの日〜-1
あの後。
―あたしと昂太が関係を持った後、あたしは昂太と一言も話すことはなかった。そしてあたしはそのまま東京に戻った。
あれは…あの出来事は夢やったんやろか…
まるで何もなかったかのように日々は過ぎ、もうすぐ五月。
ベランダに出て、春の暖かな日差しの中であたしは そう思う。
そう…
きっと夢やったんやな…
あれは夢や…
「あかんわ…いい天気やし布団でも干そ…」
いそいそと寝室へ向かう。最近は暇があるといつも昂太のことを考えている自分がいる。
こんな時に限って普段しない勉強をしてみたり、掃除をしてみたり。何かをしていないと落ち着かない。
そして、その度にシンちゃんのことが自分の中で薄れていくのを感じる。
―ピンポーン―
ん?
たしか今日は誰とも約束してなかったはずやけど…
「どちら様ですかー?」
一応は一人暮らしやし、用心してドア越しに話しかける。
「遊びに来ちゃった!」
ドアの向こうから明るい弾むような声。
あたしは鍵を開け、チェーンを外しながらその声の主に向かって言う。
「菜月か。どーぞ」
「おじゃましまーす」
児島菜月。
大学で出来た友人。肩より少し長めの栗色のふわふわした髪に低い身長。ほんとにお人形さんみたいな子。中身は外見と反してあねご肌やけど。
「はい、ココア」
コト。
っと、あたしはマグカップを菜月の前に置いた。あたしはコーヒーを自分の前に置く。
「どないしたん?明日また学校で会えるのに。学校じゃ喋れへんこと?」
「…あのね、シン先輩が心配してたよ?鈴がおかしいって。もしかして先輩が就活であんまり会えないから?」
シンちゃんはもう四回生。就職活動(いわゆる就活)であたしたちの会える日数、メール、電話は激減した。それは確か。
でもそれだけやない…
何か気を紛らすようにコーヒーを一口含んだ。
そんなあたしを見て菜月が言う。
「…鈴、菜月には隠し事、なしだよ?」
あたしは一瞬目を真ん丸くして菜月を見る。
あぁ…そうやな。一人で抱え込んでもあかんよな。
菜月なら、きっと真剣に話を聞いてくれる。