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似顔絵師の恋
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出会い-1

この町は沢山の観光客が訪れる。明治・大正の町並みと昔の運河が魅力なのだ。
私は運河沿いに散歩して歩くのが好きである。
特にこの時期になると、似顔絵師が沢山集まってくる。
普段は3・4人しかいないのだが、この時期の祭りに数十人も集まるのだ。
まるでフランスのパリの一角を想像させる賑わいだ。
彼らは簡単なテーブルと椅子を用意している。
イーゼルや立て看などに有名人の似顔絵をデスプレイして客寄せをするのだ。
その中に私の目に止まった似顔絵師がいた。
あまり人通りのない、はずれた場所でひっそりと店を出している。
近づけば若い娘だ。といってもたぶん20代なのだろうが正確にはわからない。
粗末な看板には『似顔絵・はずき』と書いてあった。
今年は風が冷たいので沢山服を重ね着して着膨れしている。
大きな帽子で半分隠れているが、まだあどけなさが残る顔立ちをしていた。
手には指先の部分を切り取った軍手を嵌めていた。
「ずいぶん……目立たないところで、店を張ってるね」
私は、近づくと声をかけた。
『はずき』という娘は私の問いかけに人懐こい笑顔で話し始めた。
このお祭りに合わせて似顔絵師たちのコンテストがあるのだと。
けれど良い場所は先に取られていて、割り込む隙がないのだという。
「変だな? 運河沿いに出店が並んでいるけど、結構隙間があるように見えるけどね」
『はずき』は私の言葉に弱弱しく笑って言った。
区画ごとに似顔絵師を抱える会社が権利を持っていて、勝手に入ることができない。
自分は個人でやっているので、区画外のところを選ぶしかないのだと。
「似顔絵師に会社なんてあるのかい?」
私は初耳なので、詳しく聞いた。
それによると、今は余程実力がある似顔絵師以外は会社所属が多いと。
そうすれば場所も仕事も舞い込んで来るが、その代わり売り上げを全部納めなければならない。
その中から諸経費を差し引かれてバックされるのだという。
当然、売り上げが少ない場合は殆どが戻って来ないことも。
そういうことは仲間の似顔絵師から教えて貰うのだと言う。
「すると営業の人が別にいて、仕事を見つけて来てくれるということなのかい?」
その通りだという。
自分は誘われているが、逆にあまり腕がないので売り上げを上げる自信がない。
それに、顔の描き方にも色々と会社から注文をつけられる。
できるだけ面白く描けとか言われるらしい。
「面白く描くというよりも、格好良くとか可愛らしくとかじゃないのかい、ふつう?」
これには『はずき』は同意した。だが営業の立場は違うという。
お客さんたちの本心はそうなんだろうけど、そういうのは恥ずかしいという気持ちがあるらしい。
それより面白路線だと、お笑いとか座興で描いてもらおうかという客の酔狂さも加わって集客力があるという。
「それじゃあ、コンテストで優勝する人も、そういう面白路線の似顔絵師なのかい?」
確かにここ数年そういう面白路線が続いているという。
昨年の優勝者は全米の似顔絵コンテストで上位入賞した人だと。
「その人はどんな似顔絵を描くんだい?」
『はずき』は古ぼけた皮の鞄から1枚の絵を取り出した。
客を装ってその人に描いてもらったという絵だ。
踏み潰された肉マンのような顔に描かれていて、本人の可憐さが少しもない。
「こりゃ酷いな。悪意があるとしか思えない」
『はずき』は大きく頷くと、おじさんのような人が審査員だったら、もっと別な人が優勝したと思う、と言った。

『はずき』の見本の絵はお世辞にも上手とは言えなかった。
だが、目の描き方が本人のそれと同じく澄んだ輝きを持っていた。
「散歩の途中で持ち合わせがないから、この次に描いてもらうよ」
私はそういうと『はずき』と別れた。

 


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