32 海底からの迎え *性・残虐注意-1
――ジェラッド王城の地下牢。
封じ石を敷き詰めた牢獄に、マウリは手足に魔力封じの枷を付けられ繋がれていた。
皮肉にも、昔のアレシュとまったく同じ境遇だ。
特に拷問などは加えられず、ひたすら裁判を待つ身だ。
『ジェラッドは先進国だからな。捕虜の拷問など、古く野蛮な風習はない』
皮肉たっぷりなユハ王のセリフも、いっそうマウリの矜持をえぐった。
牢の居心地がいいわけはなく、疲労と屈辱に頬はこけ、唇は乾きひび割れている。目だけがギラギラと不気味に光っていた。
諦める気はまだなかった。粗末な食事も残さず食べた。
(必ず逃げ出してやる!!)
もう何万回目かの決意を胸中で呟いた時だった。
「こんばんは〜❤」
扉の鍵を開ける音がし、牢獄に不似合いな若い女の声がした。
「魔法が効かない牢獄って、イヤになっちゃう。おかげでこの階全体を結界で覆わなきゃならいんだから」
かかとの高い白靴が、敷石を優雅に踏みつける。
外見も口調同様に、浮ついた軽そうな少女だった。歳の頃は15〜6。
細かに縮れた金髪は、沢山の小さな白いリボンで飾られ、スラリとした身体にまとうドレスも真っ白。光る装飾もダイヤと真珠のみという徹底振りだ。
ただしフリルやレースがふんだんに使われ、豪華な幅広に仕立ててあるので、かえって存在感が増す。
大きく広がったスカートは、前面が極端に短く、後ろに向かって長くなるよう斜めにカットされていた。白ストッキングに包まれた細い脚が、純白レースのガーターベルトまで露わになっている。
まるで娼婦のような衣服だと、マウリは鼻に皺をよせる。一番嫌いなタイプの女だ。
「娼婦が何をしにきた」
「きゃぁ❤せっかくお迎えに来たのに、しっつれいね〜」
少女はほっそりした手を両頬に当て、ケラケラと笑う。白尽くめの衣装と裏腹に、化粧は厚く、唇には紫の口紅をべったり塗っている。
「迎えだと?……どこからだ」
ひや汗を浮かべながら、マウリはわずかな希望を見出す。
リザードマンを操れる技術は、どこの国も喉から手が出るほど欲しいはずだ。ジェラッドとストシェーダ、両国を敵に回してもマウリを仲間に引き入れたい国もあるだろう。
少女は毒々しい紫の唇を、ゆっくり動かした。
「海底に沈む、金のトカゲで出来たお城から❤」
「……冗談のつもりか?」
金トカゲの骨が海底に沈んでいるという伝説は、マウリも当然聞いている。面白おかしくしたてた民話の中には、その骨で偉大な魔法使いたちが城をつくり、今も住んでいるというものもあった。
どれもくだらない作り話だと、真に受けた事などなかったのに……。
口の中がカラカラに乾き、座ったまま無意識に身体を後ろに引く。
マウリに流れる魔法使いの血が、少女の言葉が真実だと告げている。
「ミュリエルはぁ、ジェラッドの情報収集担当なの。今回の件を主さまに報告したら、アンタを連れて来いって❤光栄ねぇ?」
「……よかろう」
縮こまった舌をなんと動かし、マウリは頷く。
心臓を早鐘のように高鳴らせ、脳裏に浮かぶ竜騎士団長をあざ笑った。
見ろ!!これが、お前のくだらない信念の結末だ!!
俺はもう一度挑んでやる!!今度こそアレシュを殺し、お前の妹も殺してやる!!
これはお前が引き起こした災いだ!!
俺の矜持を傷つけようと、むざむざ討たなかったばかりに……お前は只の愚か者だ!!
狂気に光る両眼でミュリエルと名乗る少女を見据え、命じた。
「お前の主とやらの所へ連れて行け、取引をしてやろ……ぐがっ!!!!」
マウリの鼻に、白い革靴の先がめり込んだ。
「キャハハッ❤うぬぼれちゃって。不様でかっわいい〜!」
鼻骨を粉砕され、鼻血と悲鳴をあげのたうつマウリを、高い踵が容赦なく踏みつける。
「取引?アンタは実験用のネズミちゃんよ。ただ息してりゃいいの。ネズミの分際でしゃべるなんて、おこがましいわ❤」