31 報復の連鎖-3
竜騎士団長が噂どおり槍の達人だろうとは、まるで隙のない構えが証明している。
しかしマウリとて、高位魔法使いの身にあっても、剣の鍛錬を怠った事は一日たりともない。
マウリも疲労困憊だが、相手も重傷を負っているのが一目でわかる。条件は五分五分だ。
地面を蹴り、特に弱っていそうな左側を狙って剣を突き出した。
刃が火花を散らし、ただ一合で勝負が付いた。
「……ぅ」
喉元すれすれに槍の穂先を押し付けられ、マウリは呻いた。
槍の柄で折られた剣が、足元に転がっている。
五分五分どころか、数十年も極めた剣技が、まるで児戯に等しいと思い知らされた。それほど桁違いの実力差だった。
槍の穂先がわずかに動き、陽光を反射した。迫る死神の足音に総毛だつ。
「バンツァー……この男を……お前を殺した男を……」
槍を突きつけたまま、竜騎士団長は突然、血を吐くような叫び声をあげた。
「すまない!!バンツァー!!俺は……俺は……っ!!コイツを殺さん!!」
「!?」
「きるうう!!??」
驚くマウリの後ろで、ナハトも驚愕の声をあげる。
「すまん、ナハト……。お前にもバンツァーにも、もう合わせる顔は無くなったな……」
思わず動きかけたマウリの喉に、鋭い槍が薄皮一枚斬って警告する。
「動くな!!個人的な報復をしないだけだ。竜騎士団長として、お前を捕らえて牢へ送る。ジェラッドの法で裁きを受けろ」
ここまで仇を追い詰めておきながら、最後の一手を打たない男の心情が理解できず、マウリの背中を冷や汗が伝う。
「なぜだ?飛竜がそれほど大事なら、自分の手で仇を取ってやろうとは思わんのか?」
その途端、ベルンの全身に、目に見えない怒気が膨れ上がるのを感じた。
「取りたいに決まっている!!お前はこの手で裁いてやりたい!!他の誰にもやらせたくない!!八つ裂きにしても足りないほどだ!!」
岩山の合間に、ベルンの怒声がこだましていく。
怒りに震えつつも、まったく隙は見せぬまま、ベルンは何度も荒い息を吐き、呼吸を整える。
「きるるっ!!きるるるっ!?」
薄紫の羽をバタつかせ、必死で抗議をあげるナハトの前で、ベルンは掠れた声を紡ぐ。
「……俺が竜騎士になりたての頃だ。日照りが起き、二つの集落が水路を巡り争った。どちらの集落も、自分の家族を救う為だと水を奪い合って……結局、日照りで死んだ人間は一人もいなかった」
唐突に、まるで関係ない話を始めた竜騎士を、マウリはやはり理解できない。
「二つの集落を全滅させたのは、互いに向けた剣と暴力だった。一人がたった一発殴ったのが始まりだ。争いはあっという間に飛び火して、止められなかった。俺が守ろうとした子どもは、俺の槍を持って飛び出し……親の仇を討った直後、今度は相手の娘に、仇として殺された……」
「きるる……」
ナハトもいぶかしげに首をかしげている。
「戦場に行ったり、王都の警備なんかを何年もやっているとな、これと同じような話を、うんざりするほど見る。報復の連鎖……やられた分をやり返すだけなのに、信じられないほど被害は大きく膨らんでいく」
マウリの鎧を飾るストシェーダの金トカゲ紋章を眺め、ベルンは深いため息をついた。
「金のトカゲか……あの骨の伝説も同じだな。始まりは些細な口げんか。それが大きくなり、しまいに世界を分けた……」
苦悩の息を大きく吐き出し、竜騎士団長の兜が震える。
「だから俺は、絶対に報復はするまいと誓った。闘いと報復は違う。お前を殺してバンツァーが生き返るなら、今すぐ殺す。だが……俺に出来るのはもう、バンツァーを暴力の理由にしない事だけだ」