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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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31 報復の連鎖-2


 ***


「……なぜだ!!なぜ、俺がこんな目に!!」

 足場の悪い岩山で、マウリは煮えたぎる怒りを込めて悪態をついた。
 マウリの傍には、わずかに残ったニ匹のリザードマンだけ。彼らはボスの怒りなど意にも介さず、胃袋を満たすことだけを考えている。
 胡乱な黄色の目であたりを見渡しては、時おり見つけた砂ネズミを奪い合う二匹を、マウリは侮蔑を込めて睨んだ。
 強い風が容赦なく吹き付け、疲弊しきった身体に銀甲冑が重い。
 リザードマンたちへ単純な命令をするのはともかく、丘でのように獲物を襲う本能を抑制したり、複雑な行動を取らせるのは、かなり魔力を磨耗する。
 バンツァーとアレシュを操るのは、さらにその数十倍を要した。
 最後の魔力を消費しきった移動魔法だったが、そう遠くまでは飛べなかった。
 これからどうするか……。
 巨体のバンツァーが倒れるのは遠目にも見えた。

「役立たずが!!」

 怒りと憎悪を込めて吐き捨てる。
 計画は完璧で正しかったはずだ。
 バケモノと化したアレシュを見れば、ストシェーダの民はマウリの味方をしてくれるはずだった。
 だが、ストシェーダ王都に潜む部下から届いた魔法連絡は、予想を裏切った。一部始終を見た民衆は、 アレシュと竜姫を称え、熱狂的なお祭り騒ぎらしい。

 納得がいかない。
 腐敗した王家とバケモノの王子から、祖国を救いたかっただけだ。
 それに賛同する者がいたからこそ、ここまで出来た。
 なのに英雄であるはずの自分が、どうして惨めな敗残者となっている……?
 世界に神というものがいるなら、なぜ正しい者の味方をしてくれない!?

 怒りに踏みしめた軍靴の下で、乾いた砂石が踏み潰される。
 丘よりもはるかに高い岩山からは、ジェラッド王都の様子がより見えた。
 城壁にはいまだ無数のリザードマンたちがへばりついているが、戦況は一目瞭然だ。
 錬金術ギルドの造った巨大バリスタや、魔法を帯びた剣を使う兵士たち、意識を取り戻した飛竜に乗る竜騎士たちが、猛烈な反撃を見せている。

 それでもリザードマンたちには、まだわずかな利用価値が残っていた。マウリが命令解除をするまで、決して引かず戦い続けるはずだ。
 全て殺されるまで、少しは時間が稼げるだろう。
 湿地帯の隠れ家に、まだ薬は大量に隠してあるし、大陸各地にリザードマンは無数にいる。

(とにかく今は引き、体勢を整えなおすのだ!)


 屈辱に歯を喰いしばり、慎重に足もとを確かめながら、重い足を踏み出す。
 晴れ空に雲がかかったのか、ふと照りつける日差しが、大きな影にさえぎられた。

「!!」

 大きく力強い羽音がし、影が飛竜の形をしている事に気づく。

「きるううううう!!!!!」

 鋭い鳴き声とともに、急降下した傷だらけの飛竜が、飛び掛ろうとしたリザードマン二匹の頭を食い千切る。
 その背に乗っていたのは、本来の主である竜姫ではなかった。
 屈強な青年の兜には、竜騎士団長の証である炎の紋章が刻印されている。

「くそっ!!!」

 とっさに剣を抜いたが、飛竜は襲い掛かってはこなかった。
 少し離れた位置で着陸し、怒りに燃えた黒い瞳で、いつでも飛びかかれるよう睨みつける。
 その背から降りた竜騎士団長ベルンハルトが、逞しい腕にもった槍を構える。
 ゴーグル越しの視線は、マウリには見えないはずなのに、冷ややかな軽蔑が突き刺さるのを感じた。

「お前の主張も、どうやって飛竜を狂わせたかも全て聞いた。ジェラッドにとっては、お前こそが極悪非道なクズだ。あげくに部下を見捨てて逃げるとは、救いがたい卑劣者だな」

 痛い部分を全て突かれ、マウリは激昂した。
 真実だからこそ、その怒りは凄まじかった。

「世の中に正義を敷くための犠牲だ!血筋だけで処罰を逃れたアレシュは卑劣と言わんのか!?最初から正しい裁きさえ行われていれば……!!」

「正義……か」

 反してベルンの声は静かだったが、溶岩のような怒りが込められていた。

「これほど人を殺した言葉は他にないだろうな。市場で一人殺した盗人は犯罪者だが、戦場で正義を主張し百人殺した騎士は英雄だ」

「屁理屈を……」

 わなわなと唇を震わせるマウリの前で、ベルンが宣言する。

「お前と戦うのは俺だけだ。この飛竜は手出しをしない。そのために主でない俺を背に乗せ、連れてきた……そうだろう?ナハト」

 ベルンの問いかけに、飛竜は激しい声で肯定した。

「きるるるぅぅ!!!」

 槍を向ける竜騎士へ、マウリも慎重に剣を構えた。

「……なるほど、飼い主みずから家畜の仇討ちというわけか」

「バンツァーは俺の半身だ。自分を飼い主だというようなヤツは飛竜使いじゃない」



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