31 報復の連鎖-2
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「……なぜだ!!なぜ、俺がこんな目に!!」
足場の悪い岩山で、マウリは煮えたぎる怒りを込めて悪態をついた。
マウリの傍には、わずかに残ったニ匹のリザードマンだけ。彼らはボスの怒りなど意にも介さず、胃袋を満たすことだけを考えている。
胡乱な黄色の目であたりを見渡しては、時おり見つけた砂ネズミを奪い合う二匹を、マウリは侮蔑を込めて睨んだ。
強い風が容赦なく吹き付け、疲弊しきった身体に銀甲冑が重い。
リザードマンたちへ単純な命令をするのはともかく、丘でのように獲物を襲う本能を抑制したり、複雑な行動を取らせるのは、かなり魔力を磨耗する。
バンツァーとアレシュを操るのは、さらにその数十倍を要した。
最後の魔力を消費しきった移動魔法だったが、そう遠くまでは飛べなかった。
これからどうするか……。
巨体のバンツァーが倒れるのは遠目にも見えた。
「役立たずが!!」
怒りと憎悪を込めて吐き捨てる。
計画は完璧で正しかったはずだ。
バケモノと化したアレシュを見れば、ストシェーダの民はマウリの味方をしてくれるはずだった。
だが、ストシェーダ王都に潜む部下から届いた魔法連絡は、予想を裏切った。一部始終を見た民衆は、 アレシュと竜姫を称え、熱狂的なお祭り騒ぎらしい。
納得がいかない。
腐敗した王家とバケモノの王子から、祖国を救いたかっただけだ。
それに賛同する者がいたからこそ、ここまで出来た。
なのに英雄であるはずの自分が、どうして惨めな敗残者となっている……?
世界に神というものがいるなら、なぜ正しい者の味方をしてくれない!?
怒りに踏みしめた軍靴の下で、乾いた砂石が踏み潰される。
丘よりもはるかに高い岩山からは、ジェラッド王都の様子がより見えた。
城壁にはいまだ無数のリザードマンたちがへばりついているが、戦況は一目瞭然だ。
錬金術ギルドの造った巨大バリスタや、魔法を帯びた剣を使う兵士たち、意識を取り戻した飛竜に乗る竜騎士たちが、猛烈な反撃を見せている。
それでもリザードマンたちには、まだわずかな利用価値が残っていた。マウリが命令解除をするまで、決して引かず戦い続けるはずだ。
全て殺されるまで、少しは時間が稼げるだろう。
湿地帯の隠れ家に、まだ薬は大量に隠してあるし、大陸各地にリザードマンは無数にいる。
(とにかく今は引き、体勢を整えなおすのだ!)
屈辱に歯を喰いしばり、慎重に足もとを確かめながら、重い足を踏み出す。
晴れ空に雲がかかったのか、ふと照りつける日差しが、大きな影にさえぎられた。
「!!」
大きく力強い羽音がし、影が飛竜の形をしている事に気づく。
「きるううううう!!!!!」
鋭い鳴き声とともに、急降下した傷だらけの飛竜が、飛び掛ろうとしたリザードマン二匹の頭を食い千切る。
その背に乗っていたのは、本来の主である竜姫ではなかった。
屈強な青年の兜には、竜騎士団長の証である炎の紋章が刻印されている。
「くそっ!!!」
とっさに剣を抜いたが、飛竜は襲い掛かってはこなかった。
少し離れた位置で着陸し、怒りに燃えた黒い瞳で、いつでも飛びかかれるよう睨みつける。
その背から降りた竜騎士団長ベルンハルトが、逞しい腕にもった槍を構える。
ゴーグル越しの視線は、マウリには見えないはずなのに、冷ややかな軽蔑が突き刺さるのを感じた。
「お前の主張も、どうやって飛竜を狂わせたかも全て聞いた。ジェラッドにとっては、お前こそが極悪非道なクズだ。あげくに部下を見捨てて逃げるとは、救いがたい卑劣者だな」
痛い部分を全て突かれ、マウリは激昂した。
真実だからこそ、その怒りは凄まじかった。
「世の中に正義を敷くための犠牲だ!血筋だけで処罰を逃れたアレシュは卑劣と言わんのか!?最初から正しい裁きさえ行われていれば……!!」
「正義……か」
反してベルンの声は静かだったが、溶岩のような怒りが込められていた。
「これほど人を殺した言葉は他にないだろうな。市場で一人殺した盗人は犯罪者だが、戦場で正義を主張し百人殺した騎士は英雄だ」
「屁理屈を……」
わなわなと唇を震わせるマウリの前で、ベルンが宣言する。
「お前と戦うのは俺だけだ。この飛竜は手出しをしない。そのために主でない俺を背に乗せ、連れてきた……そうだろう?ナハト」
ベルンの問いかけに、飛竜は激しい声で肯定した。
「きるるるぅぅ!!!」
槍を向ける竜騎士へ、マウリも慎重に剣を構えた。
「……なるほど、飼い主みずから家畜の仇討ちというわけか」
「バンツァーは俺の半身だ。自分を飼い主だというようなヤツは飛竜使いじゃない」