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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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31 報復の連鎖-1


 ***


 のどかな丘は、無残な風景へ成り果てていた。
 美しかった緑陰は焼け焦げ、元はリザードマンだった炭の固まりが散らばっている。
 眩しい夏の日差しだけが何も変わらず降り注ぎ、鼓動を止めたバンツァーを照らしていた。

「バンツァー……!」

 兜を脱いで地面に膝をつき、掠れた声でベルンが呟く。強張った赤銅色の顔からは、血の気が完全に引いていた。
 バンツァーが息を引き取った直後だった。
 ディーターと供に飛竜エドラに乗り、王都から飛んできた彼には、パートナーの最期がはっきり見えたはずだ。

「兄さん……ナハトは……」

 ベルンにそっと声をかけたカティヤが、苦しげに呻く。少しでも身体を動かすと、激痛がするようだ。

「……ああ。ナハトはバンツァーを救ってくれた」

 ベルンは答え、目を閉じ心地良さそうな笑みを浮かべたバンツァーを撫でる。

〔ナハト、よく頑張ったわね……〕

〔エドラ姉さん……〕

 エドラがかすかに震える翼を広げ、ナハトをそっと抱き寄せてくれる。エドラもまだ、塗料のダメージから完全には立ち直っていない。
 ベルンは治癒魔法をかけられているが、かなりの重傷だとエドラが教えてくれた。
 治癒魔法は、個人の持つ元々の治癒能力を飛躍的に高める。人一倍頑丈な彼だからこそ、こんなに早く動けるが、普通なら起き上がる事もできないだろう。

「アレシュ王子、カティヤを王都まで運べますか?その様子じゃ飛竜に乗るのは無理でしょう」

 苦悶の汗を浮かべるカティヤを見て、ディーターが尋ねる。
 ジェラッド王都の城壁にも一応は結界が張ってあり、普通の移動魔法では出入りできないはずだ。
 しかし、マウリを追いかける際、アレシュが軽々とその結界を通りぬけたのを、王都中の人間が目撃している。

「運ぶのはできるが、体内に苦痛の呪いをかけられている。こういった解除は、俺よりエリアスのほうが得意なんだが……」

 アレシュがチラリと、東の方角に視線を向けた。
 丘から見えるジェラッド王都では、いく筋もの黒煙が昇っている。城壁周囲には、未だに青黒いリザードマンの波が蠢いていた。

「大丈夫です。ジェラッドの城壁は、あの程度では破れない」

 ディーダーがキッパリと胸を張って宣言する。

「それからエリアスさんですが、うちの錬金術師キーラと一緒に、パレード前に誘拐されていたそうです」

「な!?誘拐!?」

 思いがけない報告に、アレシュとカティヤが目を見開く。
 ナハトも驚いて耳をすませた。

「ご安心を。二人とも、自力で犯人をぶちのめして戻ってきました」

「あ、ああ……そうか。エリアスは何でも一人でできるからな……」

 ホッとした様子のアレシュが、カティヤを慎重に抱きかかえ、魔眼を光らせる。

「それでは先に行かせてもらう」

 金色の光が二人を包み、光りは王都の方角へ飛んでいった。
 アレシュ達の姿が消えると、丘は沈黙に包まれた。

「バンツァー……お前をすぐ運ぶのは無理だ。王都の襲撃を払ってから、必ず迎えにくる」

 一番先に口を開いたのは、ベルンだった。
 バンツァーをもう一撫でし、両足でしっかり地面を踏みしめて立ち上がり、きびきびと指示を出す。

「王都に戻るぞ。ディーダー、またエドラの後ろに乗せてくれ。ナハトは自分だけなら飛べるな?」

「きる!〔はい!〕」

 エドラが二人が乗せて舞い上がると、ナハトも続いて飛び立った。
 全身がズキズキ痛むが、王都まで飛ぶくらいなら問題ない。

 雲ひとつない、憎らしいほど爽やかな晴れ空の色が、目に滲みる。
 エドラの後を飛びながら、ナハトは目を細めた。
 大好きだったこの色を……バンツァーの最期が焼きついてしまったこの色を、これから先も同じように見れるか自信がない。
 カティヤを守りぬけたのは確かだ。
 バンツァーはきっと、ナハトがこれからも飛竜の騎士でいる事を望むだろう。でも……
 また涙が滲みそうになり、地上へと視線を逸らした。

〔…………?〕

 それは偶然だったのだろうか。
 バンツァーを助けてくれなかった神様が、ほんの少し罪悪を感じ、ナハトにチャンスをくれたのかもしれない。
 離れた岩山の中腹に、小さな銀色を……マウリを見つけた。
 移動魔法で、あそこまで逃げたのだろう。
 周囲に二匹ほどのリザードマンを連れているが、疲労困憊な様子で険しい岩肌へ寄りかかっている。
 あそこまで大量の魔法を使ったのだから当然だ。

〔許さない!!!〕

 目も眩む怒りが沸き立ち、激しい鳴き声をあげた。エドラにぶつかる寸前まで接近し、ベルンのマントを口にくわえる。

「どうした!?」

 驚いたベルンを、そのまま背中に放り投げた。

「あっぐ!!!」

 怪我に響いただろうが、ベルンは苦痛の呻きをあげながら、必死で手綱を掴んで落下を防ぐ。

「ナハト!?どうしたんだ!?」

 驚くディーダーの鞍から、槍を口で抜きとってベルンに渡す。方向を変え、岩山へと全力で羽ばたいた。
 頭の中は怒りで真っ赤になり、たった一つしか考えられない。

 あの男に、罪を償わせてやる!!
 バンツァーを奪った報いを!!

 アイツを裁く権利があるのは、ナハトでも他の誰でもない!!
 バンツァーの半身たるベルンだけだ!!!



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