その時は私がいるではないか-1
(ありがとうか………… こんな僕でもそれなりに役に立っているのかな?)
僕は雪菜の寝顔を見つめながら、そんな事を思いながら、
ぼんやりとここ花咲女子寮に来た頃の事を思いだしていた。
まだ開業すらしていないのに、秋子さんの噂を聞きつけた多くの女性が、
深い心の悩みを抱えてこの管理人室へと訪れていた日の事を……
当時の僕は十七歳になりたてで、人としてはもちろん男としても半人前だった。
秋子さんに言われるがまま、日々多くの性心理における書物を読み続けはしたが、
いかんせん思春期の僕にとってそれらは刺激が強すぎるものばかり。
これはあくまでも医学書なのだと自分に言い聞かせはしていたものの、
男子たるがゆえの生理現象だけはどうにも抑えきる事が出来ず、
就寝時にはそれこそ毎晩のように、それをひとりで処理する日々が続いていた。
女性の性心理を学ぶも、まだ女性そのものを知らない僕。
知識だけは一般人のそれを越えるほどたくさん得たけれど、
高校にさえ通っていなかった当時の僕にとってそれを活用する場は皆無に等しい。
湧き上がる欲望、抑えきれない性欲、
それらを理性で制御出来なくなったある日の夜、
事もあろうに僕は、母代わりである秋子さんの寝込みを襲ってしまった。
「あ、秋子さんっ!!!」
男物のTシャツに下着だけといったラフな恰好の秋子さんに、
下半身を堅く膨張させ、息を荒げた状態のまま覆い被さる僕。
母と言えど血のつながりはおろかまだ二十代前半の女性の体は、
溜まりきった欲望に支配されている僕にとって刺激的以外の何者でもなかった。
「ぼ、僕もうっ…… どうしても我慢がっ…………」
両手で腕をおさえつけ、悲痛な面持ちで秋子さんを見つめる僕。
この後どうすればいいのかなんていまさら考える余裕はない。
ただ己の欲望を解消したいという本能に従うだけ──────の、はずだった。
けれどそんな理性を失い獣と化した僕に秋子さんは、
普段と変わらぬ口調でこう問いかけてきたのだ。
「どうした和也? 我慢とは………… いったい何の話だ?」
きょとんとした表情で、じっと僕の目を見つめる秋子さん。
その様子は演技にも虚勢にも見えない。
それこそいつもと変わらぬ無表情な秋子さんに他ならなかった。