その時は私がいるではないか-3
思わぬ秋子さんの態度に、僕はなんだか拍子抜けしてしまい、
自分のしたことを棚に上げるように、気がつけば大きな溜息をついていた。
「す、すまんな………… 女性ならともかく男性生理はあまり得意ではないのだ……」
「得意も何も…… 世界的に名を馳せる性心理の権威のくせに…………」
「いや、まぁ当然知識だけはあるのだぞ? だてに博士号を取ってはいない!」
「知ってます、それは知ってますけど…………」
若干、呆れた様子で言葉を紡ぐ僕など気にも止めず、
秋子さんは急に胸を張っては、いつもの調子で得意の講釈を語りはじめた。
「そもそも女性の性心理における悩みの大半は、過剰妄想とその対処方法なのだ!」
「はい、それは僕も本を読んでなんとなく知っていますが……」
「しかるに異性、つまり男性との性交渉における悩みとはまったくもって質が違う!」
「確かに性交渉でなんとかなる悩みなら相応の場所もありますもんね」
「うむ、だからな…… その…… す、すまない和也…………」
「へ?」
「いや、親代わりでありながら、君が悩んでいた事に気づいてやれなくて…………」
「もうっ! だからそんな事で謝らないでくださいよっ」
これがほんの数分前、貞操の危機に陥っていた女性の言う言葉だろうか。
本来なら大声で拒絶され、よもや警察に突き出されても不思議ない状況だったのに。
「そ、そんな事とはなんだ!?
私にとって和也の悩みは他の誰よりも深刻なものなのだぞ?
見ろ?こうして会話をしている間も、
未だなお君のここはこんなに堅く膨張したままではないかっ!」
「そ、それは秋子さんが触ってるからで…… だ、だから駄目ですよ動かしちゃ!」
真面目な話をしながらも、秋子さんの右手はずっと僕の股間に触れたままだった。
しかも力説するたび、その右手が連動するように動くものだから、
僕の股間はそれこそ一向におさまる気配がないわけで……
「ごほん…… か、和也………… 自慰行為の方法は知っていると言ったな?」
「それはその、もちろん知ってますけど……」
「なのに………… なのに我慢出来ず私に覆い被さってきた………… と」
「………………は、はい」
「つまりそれはあれだろ? その…… 君は私と…………」
「い、いいですいいです! そんな真面目に考え込まないでくださいっ!」
この人の言葉はいったいどこまでが本気なのだろうか。
いや、もともと冗談など言う性格ではないから、すべて大真面目に言ってるのだろう。
なので、どんなに僕がはぐらかそうとしようとも、
この話をうやむやにする事など出来るわけないわけで……
「つまり君は私との………… せ、性交渉を求めてきたという事なのかな?」
秋子さんはそう言って、いつになく真剣な眼差しを僕に向けた。
性交渉───なんていかにも性心理学者らしい物言いではあるが、
ようするにこれは「私とやりたいの?」と聞かれているようなもので…………
「どうした? 何故黙っている? 黙っていてはわからないではないか…………」
どうにも僕は答えに詰まってしまっては、
しばらくうつむき黙り込んでしまった。