27 断罪の要求-2
一方でアレシュも、この光景が見世物となっているのには気づいた。
マウリの首には四色の魔石ネックレスが光っている。
先王の補佐だったマウリは、その魔法具を何度も使う機会があり、複製も容易に造らせる事ができたのだろう。
しかしカティヤを痛めつけられた怒りの前に、そんなささやかな事はどうでも良くなっていた。
バンツァーに乗って城壁外へ逃げるマウリを、魔眼で即座に追いかける。
数百人を結界内に送り届けたうえ、十四頭の飛竜を眠らせた後だ。
疲労困憊だったが、カティヤを取り戻す事しか頭になかった。
しかし、バンツァーの速度は凄まじく、魔眼移動でもなかなか捕まえれない。
何度か失敗した末、ジェラッド王都から少し離れた小高い丘に、ようやくバンツァーが着陸する。
無数のリザードマンが王都めがけ、青黒い津波となって押し寄せる光景がくっきり見える場所だ。
いつもはのどかなはずの丘にも、リザードマンが数十匹うろついていた。
着陸したバンツァーの背にアレシュが移動するのと、マウリがぐったりしたカティヤをリザードマンの群れへ放り込むのは、ほぼ同時だった。
「カティヤ!!」
落下するプラチナブロンドを追って、即座にもう一度移動する。
獲物を引き裂こうと伸ばしたリザードマンの腕は、アレシュの剣に斬り落とされた。さらにもう一匹の首を落とし、片手でカティヤを抱きとめた。
「アレシュ……さま……?」
薄っすらと空色の瞳が開く。間に合った安堵感に、全身から力が抜けそうになった。
「良かった。移動する……っ!?」
真っ黒な液体がアレシュに降りかかったのは、その瞬間だった。
数匹のリザードマンが、皮袋に入れた液体を振り掛けたのだ。
「ぅっぐ!?」
口に入ったのは僅かだったが、強烈な苦味に吐き気がした。黒い液体が付着した皮膚からも、焼け爛れるような熱さが浸透していく。
『ひざまづけ』
脳裏に響く抗いがたい命令の声が、見えない手となってアレシュの手足を絡め取り、声すら出す事を許さない。
カティヤを抱きかかえている事が出来ず、一緒に地面へ倒れこむ。
リザードマンたちは、弱ったアレシュたちに襲い掛かるでもなく、数歩下がって円形に取り囲んだまま、大人しく眺めていた。
「外見は人の容をしていようと、やはり化物に成り果てていたな」
バンツァーから降りたマウリが、短い草を踏みしめ悠々と近づく。
「貴様にかけたのは、飛竜やリザードマンに使ったものと同じ薬だ。人間には効かん」
銀甲冑の上で煌く四色の魔石が、一言一句を残さずストシェーダ王都全体へと伝えていく。
「私欲でストシェーダ王家を裏切った覚えはない。大罪人のバケモノへ、祖国の王冠を穢されるのが見過ごせなかったゆえだ」
金トカゲの装飾を施した軍靴が、アレシュの腕を蹴り上げた。
まるで力の入らない腕は、衝撃に負け、カティヤから離される、
「なに……を……ほざいて……」
倒れたまま、カティヤが怒りを込めて呻いた。
液体はカティヤにもかかっていたが、彼女に変化はないようだ。その鳩尾に鋭い蹴りを叩きこみ、激しく咳き込む竜姫に眼もくれず、マウリは話し続けた。
相手はアレシュでもカティヤでもない。ストシェーダ王都の民へ宣言する。
「王家の血を引いていようと、アレシュは親殺し主君殺しの大罪人!くわえて、もはやバケモノへ変化した身体だ!!王位継承者の資格は無い!!!」
「きるぅぅぅ!!!!」
激しく異を唱えたのは、人でない言葉だった。
薄紫の翼をはばたかせ、ナハトが現れる。
見張り塔に叩きつけられた衝撃から立ち直り、追いかけてきたのだろう。
左の瞼が腫れあがり目を塞いでいたが、マウリの頭を喰いちぎろうと、正確に狙いを定め急降下する。
しかし、槍のような鋭い攻撃は、同じ飛竜によって阻まれた。
バンツァーが唸り声をあげ、ナハトに飛び掛る。
あやうい所でナハトは引き裂かれるのを免れたが、上空たかくまで逃げなくてはいけなかった。
その後を追い、バンツァーも巨体を舞い上がらせる。
はるか高い上空で、飛竜同士の死闘が始まる。
ジェラッド王都でも、城壁に到達したリザードマンとそれを防ぐ兵士たちの激しい戦いが始まった。
その両方を見渡せながら、丘は異様な静けさに包まれていた。
数十匹のリザードマンたちは薄黄色の目だけをキョロキョロ動かし、じっと立ち尽くしている。
苦痛をこらえ、カティヤがなんとか立ち上がろうとしたが、マウリが容赦なく背を踏みつけた。
「あ……ぐっ!」
カティヤの顔が歪む。
今すぐ駆け寄って助けたいのに、アレシュは見えない手に押さえつけられたまま、小指一本動かせない。
「バケモノに人の外見を与え、牢から出したこの女も罪人だ。貴様の手で罪を償わせろ」
マウリが冷酷な口調で命令すると、今度は意志と無関係に身体が動き、アレシュはゆっくり立ち上がる。
照りつける夏の陽光に目が眩み、視界にチカチカと黒が光った。
――何も考えず従え。
顔まで全て黒鱗に覆われたバケモノが、背後からベットリ張り付いている気がした。
――ただ従い、罪を償って終わればいい。
アレシュの腕を、喉を、黒い鱗が覆いはじめる。
――これで全て楽になれるんだ。悪くないだろう?もう生殺しの罪悪感に苦しむ事もない。
哀れみと侮蔑を混め、黒鱗のバケモノは囁く。
皆が思いながら、誰も口にしなかった事を。
誰よりもアレシュ自身が知っている事実を、黒い毒を込めて吐きかけた。
――生まれたこと、それ自体がお前の罪だ。