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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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26 波乱の建国祭-3


「きるる!?」

 そんな中、ナハトだけは仲間の狂態にうろたえながら、完全な正気を保っていた。

「一体、どうしたんだ?」

「アレシュさま!?」

 突如、鞍の後ろに現れたアレシュに声をかけられ、仰天した。

「魔眼がなければ、さすがに結界を抜けられなかったな……それより、俺は何を手伝える?」

「危険です!ユハ王の元へお戻りください!!」

 カティヤが怒鳴るのと、バンツァーの爪がナハトへ襲い掛かるのが、ほぼ同時だった。

「きるるる!!!」

 間一髪で避け、バンツァーの爪はナハトの山車の前面部を粉砕する。
 ナハトの受けた衝撃は大きかったが、四足を踏みしめ、なんとか体勢をくずす事は免れた。
 身体には革紐が残っているが、邪魔な山車が取れ、かえって身軽になったナハトは飛び上がり、続くもう一撃を避ける。
 カティヤに掴まったまま、アレシュの魔眼が光りバンツァーを睨みつけたが、老練な飛竜は顔を背け避けてしまった。
 そしてアレシュを見ないように、また襲い掛かってくる。
 バンツァーは他の飛竜には目もくれず、明らかにナハトを狙いうちしようとしていた。
 まともに戦えばナハトに勝ち目があるはずもなく、強烈な牙と爪の攻撃を必死で避け続ける。
 カティヤは降り向き、後ろのアレシュに怒鳴った。

「お逃げください!ここは私がなんとかします!ストシェーダ王子を危険に晒すわけには……」

「外国の王子を心配して、自国民を見殺しにするのか!?」

 鋭い叱咤がカティヤを射抜いた。

「!!」

「皆が出来る事をするべきだろう!」

 返す言葉もなかった。
 この惨状を、たった一人竜騎士として残ったカティヤだけで何とかしようなど、傲慢にもほどがある。 このままでは何十人もの怪我人……いや、結界外全員が死ぬかもしれない。

「……楽団と踊り子たちを、結界内へ避難させてください。貴方にしかできないことです」

 アレシュが微笑し、頷いた。

「錬金術ギルドの芝生庭でいいか?あの距離なら数百人を一気に送れる」

「はい。それから、私に拡声魔法をかけてください」

「わかった。使い方は知ってるな?」

 頷くと、アレシュの指がカティヤの喉へ滑る。金色の光がそこから吸い込まれていった。
 片手の指を二本、光の吸い込まれた場所に押し当て、思い切り息を吸い込み、声に乗せて吐き出した。

< 副騎士団長カティヤだ!団長に代わり、指揮をとる! >

 飛竜の咆哮と半狂乱の悲鳴が響き渡る中へ、魔法で拡大された竜姫の声は、空気を切り裂いて全ての耳に届いた。
 泣き叫んでいた若い娘たちさえも、口をあけたまま黙り、呆然と上空の竜姫を見上げる。

< 竜騎士は各々の飛竜を押さえるのに全力を尽くせ! それ以外の者は、アレシュ王子の元へ集まり避難しろ!くれぐれも他人を押しのけようとするな!! >

 完全なパニック状態となっていた結界外の人々は、明確な指針を与えられた事で、立ち直るきっかけを掴みとれた。
 竜騎士たちは鐙を踏みしめ、手綱を握る両腕に渾身の力を込める。

「これだけ言っておく。俺はもう二度と、君の訃報を聞く気はないからな!」

 ナハトの背から下の通りへと魔眼移動する寸前、アレシュはそう言い放った。

「……はい!!」

 片手で敬礼し、襲い来るバンツァーの尾を、身をかがめて避けた。
 アレシュの姿が後ろから消え、眼下の道へ忽然と現れる。
 飛竜達が暴れ、敷石が割れて飛び散る中、比較的安全な場所を選び、避難者たちが一目散に駆け寄っていくのが見えた。

「ナハト!!もっと上だ!!」

 バンツァーを人々から逸らすべく、ナハトの手綱をとって更に急上昇する。

「ぎるるるぉぉぉぉ!!!!」

 やはりバンツァーは、わき目も降らずに追いかけてきた。
 怖い。と、カティヤは初めて感じた。
 飛竜をを初めて見た三つの時でさえ、バンツァーを恐ろしいとは思わなかった。
 細かい模様が入った褐色の瞳が、誰か懐かしい人を連想させる気がして、自分からすり寄ったほどだ。
 しかし、このバンツァーはカティヤの知る飛竜ではない。
 穏やかだった褐色の目は真っ赤に血走り、全身に描かれた迫力ある黒い模様が、巨大な飛竜をいっそう恐ろしく見せる。

< バンツァー!!私も忘れたのか!? >

 拡声魔法で怒鳴っても、牙を剥いて襲い来る老竜は、すでにカティヤを敵としか見なしていない。

(どうして……)

 毒でも盛られたのか?
 それとも魔法を掛けられたか?
 でもどうやって?
 そもそも、どうしてナハトだけ助かった!?

 そこまで考え、子どもでもわかりそうな仕掛けに、ようやく気付いた。

「ナハト!!もう少しだけ降りてくれ!!」

 邪魔するバンツァーを避けながら、拡声魔法が地面の竜騎士たちへ届くギリギリの高さまでまた急降下し、指を喉に当て大きく息を吸う。
 声を吐き出す一瞬、ためらいそうになった。
 出来ればこの考えが外れて欲しい。裏切り者がいるなんて。それが誰かはっきり解ってしまうなんて。
 ああ、でもこれしか考えられない。
 全てピッタリ辻褄があう。

 上空からはよく見えたのだ。
 暴れるのを耐え、身体を痙攣させている飛竜と、完全に暴れてしまっている飛竜の違いが。

< 黒い塗料を落とせ!!あれが飛竜を狂わせている!! >

 暴れているのは、黒い塗料を身体の大半に塗られた飛竜たちだった。




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