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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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26 波乱の建国祭-4


――裏切り者はヨランだ。
 彼は自分から進んで塗料の調合や材料の手配をかって出た。
 消極的な彼にしては珍しいが、大量の塗料をひたすら作り続けるのは、地味で根気のいる仕事。自分に適任だと苦笑いしていたのを思い出す。
 ナハトにも黒を使うよう、キーラへしつこいほど食い下がっていた。
 どうして?が、いっぱいだ。
 カティヤはヨランがけっこう好きだった。
 話が合うとまではいかないが、みんなが嫌がる地味な手間のかかる作業を、一人で根気よく続けられる姿勢は尊敬していた。
 直感で先走りしすぎなキーラも、ヨランから学ぶ事も多いと、感慨深げに呟いていたのに……。

 カティヤの声が届き、眼下で竜騎士たちが懸命に自分達の飛竜から黒い塗料をこすり落とそうとした。
 しかし、暴れる飛竜を抑えながら、片手の届く範囲でこすっただけでは不可能に近い。
 すると、避難誘導を終えたアレシュが、今度は一人で戻ってきた。
 すばやく飛竜たちの元へ近寄り、一頭ずつ魔眼で眠らせ始める。

「は、ハハ……」

 見事すぎて、思わず笑いがこみ上げてきた。
 片手で素早くマントを脱ぎ、すぐ近くへ迫っていたバンツァーの目に投げつける。
 緑と赤の刺繍が入ったクリーム色のマントが、血走った両眼に張り付いた。
 ほんの一瞬視界を眩ませた隙に、ナハトは大きく進んで距離をとった。

「ナハト!!用水池だ!」

 城の東側に輝いている、広々とした水面を目指す。

「バンツァーおじさまに水を引っ掛け、正気に戻って頂くぞ!!」

 飛竜の言葉は理解できないのに、なんとなく解るのだ。
 ナハトが『バンツァーおじさま』と呼んでいる事も、どれほど慕っているかも。

「きるるるっ!!」

 元気よくナハトは鳴き、ぐんとスピードを速める。
 ところが……予想通り追いかけ始めたバンツァーは、突然ピタリと動きを止め、まるで違う方向へ飛び始めた。

「バンツァー!?どうした!追って来い!!」

 カティヤが叫んでも、もう興味は失せたとばかりに振り向きもしない。
 そしてバンツァーが一目散に向かう先、城壁に付随した塔の一つに、人影がポツンと見えた。
 見張り塔は警備兵以外立ち入り禁止のはずだが、人影が着ているのは、ジェラッドの鎧ではない。

「誰だ……?」

 ゴーグルの中、更に目を細めて眺めると、ストシェーダ風の立派な銀甲冑をつけた五十近い男だった。口元と眉間には深い皺が刻まれ、厳しい表情でこちらを睨んでいる。
 ストシェーダ使節団に、あんな人物は見かけなかった。
 ただし、よく似た人物を知っている。
 手配書に描かれた似顔絵で。
 先月からストシェーダで国際指名手配になっているマウリだ。

ストシェーダの指名手配犯が、堂々とこんな場所に姿を現したのは意外だったが、更に驚くべき事が起こった。
 見張り塔に着いたバンツァーの背へ、マウリはヒラリと飛び移ったのだ。
 主か、その許可を得た者しか、飛竜は決して背に乗せない。
 あの男が、今のバンツァーにとって主というのか。
 カティヤの心境を計ってか、マウリは口元を歪め、喉に指を当てた。
 拡声魔法で増強された男の声が、王都へ響き渡る。

< 騒がせたな、成り上がりのジェラッド国民。手配書でわが名は知っているだろう >

 数百年前、急成長したジェラッド国民を『成り上がり』と未だに侮蔑する者は多い。
 マーブル階級の成功者が多く、その約半数が蛮族出身者である事から、それは国と民へ、二重の侮蔑を意味する。
 カティヤは怒りに眉を潜めた。

< 他国の祝祭を踏みにじり、開口一番に侮蔑を吐くのが、由緒正しき者の定義か?ならば『成り上がり』は褒め言葉と取らせて貰おう >

 堂々と答えた拡声はカティヤではなく、貴賓席から発せられたユハ王の声だった。
 マウリは嫌味たっぷりに唇を吊り上げる。

< これは失礼、幼子は外見だけでしたな、小さき王よ。しかしその不似合いな王冠も、今日限り必要なくなりますぞ >




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