26 波乱の建国祭-2
「ナハト!!山車を外すぞ!!」
鞍から飛び降りようとしたカティヤの動きを、視界の隅へ飛び込んだ大きな赤が止める。
「――――っ!!!!!!!!!」
突然、バンツァーが大きく口を開け、勢いよく首を振りねじるのが見えた。
真っ赤な口内に、幾多の敵を噛み砕いた真珠色の牙がズラリと立ち並ぶ。
強靭な顎は、あろうことか自分に乗っていたベルンへ喰らいつきかかった。
「兄さんっっ!!!!」
あと半瞬でも避けるのが遅かったら、ベルンは上半身をす喰いちぎられていただろう。
炎の意匠を印した兜が跳ねとび、竜騎士団長の身体は通り添いの建物まで吹き飛ばされ、叩きつけられる。
幸いにも、その店は丈夫な布製のひさしをつけており、ベルンの身体はひびの入った壁から剥がれた後、ひさしに柔らかく受け止められた。しかし骨の数本は間違いなく折れただろう。
今度こそ、その場にいた全員に危機は伝わった。
「うわあああああああ!!!!!!」
何百人もの絶叫がほとばしる。
彼らの恐怖を煽るように、バンツァーが首を高くあげ、強烈な咆哮をあげた。
鋭い牙で、自身と山車を繋いでいた皮紐の束をやすやすと喰いちぎる。
黒い螺旋模様の描かれた尾が、鉄と炎を象った山車をなぎたおした。
高さ八メートルの巨大な山車が、通り一杯に埋まって身動きできない観客の上へ倒れていく。悲鳴をあげ目を瞑る人々を押しつぶす寸前、錬金術ギルドから赤い光が飛んだ。
通りに張られた全てのロープが光り輝き、透明な膜の結界が、人々の頭上ギリギリで山車を食い止める。
貴賓席で、ユハ王が赤く輝く王杖をこちらに向けていた。
ロープは万が一の最悪な事故を防ぐため、最終手段として用意された結界だった。
王都を上空から眺めなければ気付かないが、全体が巨大な魔方陣の形となっている。
複雑な形に編まれた魔方陣は、巧みにパレードの通る道を結界の外、見物席と主要な建物だけを結界中と区切られていた。
ユハは顔をしかめ、小さな額からは滝のように汗が流れていた。
王都の中を曲がりくねる結界の道は十数キロに及ぶ。魔法具のロープを使っても、相当の魔力を吸い取られるはずだ。
それでもユハが少しでも気を抜けば、倒れた山車は結界をつきぬけ、その下の人々を容赦なく押しつぶす。
そして結界内にいるかぎり、あらゆる衝撃から守られるが、一度結界を張ってしまえば全体を解除しない限り、外と内の行き来は不可能となる。
内外の音も遮断さえるが、警備兵たちが必死で、パニックを起こした民衆を静めているのが見えた。
(兄さんは……!)
ひさしの上では血塗れのベルンが、わき腹を押さえながら立ち上がろうとしていた。
少しだけホっとしたが、結界内の彼は、もうこちらに来れない。そもそもあの大怪我では、暴れるバンツァーを抑えるなど不可能だろう。
また逆に、また楽器を抱えて恐怖に固まっている楽団や、真っ青になっている踊り子たちは、安全地帯から締め出された形になっている。
そして、さらに惨劇は連鎖していった。
「うわぁっ!!エドラ!!!???」
ディーダーのパートナーである穏やかな雌飛竜までも、咆哮をあげ身をよじって暴れ出す。
何かに抗うよう、立ち止まって身体を震わせている飛竜もいた。
「リュリュ!!どうしたんだ!?やめろ!!」
「ウルヤナ!!おねがいだから、正気に戻ってくれ!!」
他の飛竜たちまでも、次々に様子がおかしくなっていく。
竜騎士たちは必死で手綱を握り締めるが、逃げ惑う踊り子たちを踏み潰さないようにするのが精一杯だ。
暴れる飛竜たちに連結された山車が左右に激しく揺れ、その重みで何頭かが転倒した。
結界に当たった山車が火花を散らし、内側でまたパニックが起こっていく。
積み木崩しのように、混乱は大きくなる一方だ。
建国祭を狙い、どんな外敵が押し寄せようと、竜騎士たちがいれば退けられるはずだった。
楽団も踊り子たちも、竜騎士が必ず守るはずだった。
しかし今、惨劇を巻き起こしているのは飛竜そのものだ。
一騎が百騎に相当するといわれる竜騎士も、その九十九騎の力は、飛竜とのゆるぎない絆によるもの。
飛竜を失った竜騎士は、すでにただの一騎士にすぎない。