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魔眼王子と飛竜の姫騎士
【ファンタジー 官能小説】

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26 波乱の建国祭-1


 リズミカルな音楽に合わせ、観客たちがテンポの速い手拍子を鳴らす。
 露出の高い踊リ娘たちがしなやかな脚を振り上げ、衣装につけた長いリボンが軽やかにたなびく。
 何百もの楽器が奏でる陽気な音色が、観客を興奮に沸き立たせていく。
 合奏、歓声、手拍子が合わさり、隣人との会話さえままならない賑やかさだ。

 全身を塗料で美しく彩った十六頭の飛竜と、同じ数の趣向を凝らした山車は、どれも素晴らしく、一つ見るごとに人々は感嘆の声をあげる。
 道の両脇には使節団を迎える時と同じ、赤いロープが張られ、興奮しすぎた者が飛び出したりしないよう、多数の警備兵が見張っていた。
 より多くの人が楽しめるように、パレードは時折止ってはゆっくりと進むのを繰り返す。
 カティヤはナハトに乗り、安全に気を配るのと、ときおり左右の人々に手を振って歓声に応えるのが役目だ。
 特に仮装などはせず、マントを羽織り腰に長剣を差した正軍装。鞍には槍もつけてある。
 それでも兜はピカピカに磨き、マントも軍靴も全て直前に支給された新品へと着替えた。

【竜姫!!俺たちも乗っけてくれ!!】

 大きくそう書いた紙を広げ、二人組みの青年がロープを飛び越えてナハトの前へ飛び出してきた。
 毎年、どれだけ警備兵が気をつけようと、こういうオイタをする輩は出るのだ。
 心得ているナハトは、長い首を伸ばし、狼藉者へ鼻息の応酬をくれてやる。
 強風をまともに食らった男達は敷石に尻餅をつき、あっけなく警備兵に取り押さえられた。
 観客達がどっと笑う。
 さらに盛り上がった歓声に、ナハトはウィンクして応え、カティヤも手を振った。
 ついでに、他に飛び出す者がいないか、さりげなく見渡す。

 日差しが強い真夏日だったが、ゴーグルの魔法レンズが辺りの様子をはっきり写しだしてくれる。
 これが造られた場所、錬金術ギルドの建物までもはっきり見えた。
 エメラルドグリーンに塗られた三階のバルコニーは、今年の特別貴賓席だ。
 貴賓席が例年の場所なら、パレードは貴賓客たちのまさに鼻先すれすれを通るのだが、錬金術ギルドの建物は、通りとの間に広い面積の芝生庭が存在する。
 それでも正装をした貴賓客の中で、緋色の髪と黒衣の魔眼王子は、くっきり際立って見えた。

(おや?)

 何かが足りない気がして、ふとカティヤの目が細まる。
 違和感はすぐわかった。アレシュの傍に、いつも影のように寄り添っているエリアスが見えないのだ。
 貴賓客たちは皆、側近を一人ずつ後ろに立たせており、アレシュの後ろには別の使節団員が立っている。

(まぁ、アレシュ殿も子どもではないのだし……)

 有能で多忙なエリアスの事だから、何か別用をこなしているとしても、不思議ではない。
 しかし、まだ貴賓客に何か足りない気がして、もう一度ざっと見渡す。

(キーラ殿も……?)

 毎年、キーラは貴賓席で客達の質問に答えたり、パレードの見所を説明したりする。
 遠目にも目立つ派手なローブが、見当たらないのだ。

(何かあったのか?)

 キーラがパレード中に貴賓席を外すのは、よほどのトラブルが起きた時だけだ。
 ゾワリ、と言いようのない悪寒が背筋に走った。
 何も起こってないし、何の確証もないのだ。

 それなのに恐怖が全身を走りぬける。

 戦場で培った感と、あの陵辱以来すっかり過敏に磨かれた危機を回避しようとする本能が、カティヤの手を襟の通信石に導く。
 取り越し苦労であってくれと祈りながら、キーラに通信をかけた。


「キーラ殿……!?」

 しかし、通信石は一声も届けようとしない。

「なっ!?壊れた!?」

 襟から通信石をもぎとってよく見ると、見た目こそそっくりだが、ただの模擬ダイヤで造られた贋物だった。

「そんな……」

 今朝、宿舎で着替えた時には確かに本物だった。
 考えられるのはただ一つ。パレード直前に着替えをした時、擦りかえられたのだ。
 素早く着替えられるよう、通信石や階級証などはペイントの最中に係の者が全て新しいマントに付け直し、竜騎士は羽織るだけだ。

 さらに凄まじい寒気が、カティヤの背骨を這い登る。
 単なる予感が、確信に変わってしまった。

「停まれっ!!パレードは中断だ!!」

 ナハトの手綱を引き、手をあげて大声で叫んだ。
 だが運の悪い事に、そこはちょうど山車が停まる場所。錬金術ギルドの建物を正面に、ナハトは他の飛竜たちと予定通りピタリと停まる。
 演奏者や踊り子たちも、自分の役割を果たすのに一生懸命だ。


「兄さ……団長!!」

 すぐ後ろでバンツァーに乗っている兄を振り返り叫んだが、一段と大きくなった音楽が、カティヤの声を掻き消す。

「違うっ!!わざと停まったんだ!!今すぐパレードは中止だ!!」

 鞍から立ち、必死で手を振りあげても、パフォーマンスの一端と思われてしまう。
 観客は割れるような歓声をあげ、笑顔で竜姫へ手を振り返す。
 他の竜騎士たちも、カティヤの行動を不審に思わないだろう。好きに踊って良い事になっているのだ。
 非常事態があれば、連絡は通信石でする事になっているのだから。
 熱狂は高まるばかりで、誰もカティヤの言いたい事に気付いてはくれない。

「きる?」

 それでもナハトは、なんとかカティヤの異変を感じ取ったてくれたらしい。
 黒曜石のような瞳に、わずかな戸惑いが見える。




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