甘粕の助言-1
俺はその日のうちに甘粕の所に相談に行ったよ。
ちょうど古ぼけた市営アパートの部屋に奴が一人だけいて、俺を中に招きいれてくれた。
「俺に関しては随分大袈裟な武勇伝が伝わっているらしいが、俺はそんなに強くない」
開口一番そんな言葉を聞いて俺はがっくりした。
頼むよ、お前が頼りなんだからさ。
「小学6年のとき中学1年の2人が来た時、先手必勝で強い奴をやっつけて、残りの奴をじっくり殴り倒した。
中学のときの5人を倒したというのは、油断させといて強いのを奇襲で2人襲ってから、一度逃げたんだ。一度に倒せるのは2人が限度だ。
逃げながら真っ先に追いかけてくるのは、残ってる中でも強い奴だから、それをやっつける。そして反撃を開始して残りの2人をやる。
最後の1人は追いかけてやった。それから、もう一度ダメージを与えた奴が復活しないように一人ひとり痛めつけるんだ。
決してドラマのように格好良くはない。
喧嘩は正々堂々の勝負じゃない。スポーツマンシップも全く関係ない。
喧嘩に負けない方法は、喧嘩をせずに逃げることだ。
パンチの練習をするより、全力疾走の練習をした方が良い」
俺はなるほどと思った。じゃあ、10人を倒したというのはデマだったのか?
「それは半分は事実だ。だがそれはあくまでも結果だ。
チーマーのメンバーをやった後で、仲間が10人で仕返しにやって来たんだ。
しかもバットや鉄パイプを持って来たんだ。
俺はあのとき殺されるかと思った。
何故助かったかと言うと、足を鍛えていたということと、その場所が俺の縄張りだったってことさ」
俺はきょとんとしたね。
「向こうから奴らの姿が見えた途端、俺は走り出したんだ。
これが数秒遅れても助からなかった。
逃げる方向も咄嗟に判断した。俺には武器もなにもない。
だから得物が必要だった。
俺は住宅街に逃げて、物干し竿を掴んで振り回したり、石垣に登って上から石を投げたりしたが、それは後の方だ。
最初はとにかくダッシュダッシュで逃げるんだ。バットや鉄パイプを持っているだけで走り辛いから奴らはだんだん引き離せる。
体重の大きい奴は割りと走るのが苦手だ。
最後まで追いかけて来るのは軽量級だ。
そういうのを短時間でというか一瞬で戦闘力を失わせるのは手でも足でも良いから固いもので思い切り叩くしかない。
石が頭に当たると大抵の奴は転げ回って痛がる。
だがコントロールに自信がないと遠くからじゃ無理だ。
後ろからこっそり近づいて手に持った石でぶん殴るのが良い。
そうなんだ。喧嘩はとっても卑怯なんだ。だからできればしない方が良い。
10人に追いかけられて逃げる途中3・4人を倒したのが、そういう風に伝わっただけの話だ。
ヤクザみたいな奴に因縁をつけられたときは、俺は言われるままに土下座して謝ったよ。
ヤクザとは喧嘩するものじゃないからだ。
すると奴が俺の頭を踏んづけたもんだから、土下座したときに握った土を顔にかけてやったんだ。
後は、俺のことを覚えていることができないように徹底的に半殺しにした。
後の仕返しが怖いから殺そうと思ったくらいだ。
だからあることをして後で俺にあってもわからないようにしてやった。
それがなんなのかは言いたくない。
喧嘩は暴力で汚いものだ。だから逃げろ。
逃げ切ることができない場合はどんな卑怯な手を使っても良い。
だが喧嘩は売られても買わない方が良い。
それが一番の方法だ。
これから就職や進学で忙しくなるのに問題を起こしたら、決して為にならない。
下手したら退学だぜ」
俺は甘粕の助言に感謝したよ。
とにかく勝ち目のない喧嘩は買わない方が良いってことだけはわかった。
だがどうやってそいつらの攻撃を避けるかはまだ思いつかなかった。